第14話 フードの下は……
「トキヒサちゃん。だけど」
「俺が倒れてる人の所に行っても出来ることないですから。だからイザスタさん。行ってください」
俺はエプリに構えを取るイザスタさんを手で制しながら言った。
イザスタさんはのっぽとの戦いの前に、魔法陣は別の魔力を流せば自壊すると言っていた。俺はやり方を知らないから手伝えない。ならイザスタさんが元を断つ間、邪魔させないようにするのが得策だろう。
「でも大丈夫? あっちも結構強そうよ。ここでは魔法は多少制限されるけど、それでも直撃したら命に関わるかも」
イザスタさんは俺を心配してくれるが、ここで動かなかきゃ何のために来たか分からない。本当に只の足手まといになってしまう。
「時間を稼ぐだけなら出来ます。魔法はさっき見たから何とか躱せそうですしね。それに……これから一緒に行く仲間としては、良い所の一つも見せておかなきゃ」
「トキヒサちゃん……」
相手を警戒しながらなのでイザスタさんに背を向けたまま話す。どんな表情なのかは分からない。生意気なと思っているのか、それとも心配そうな顔なのか。
俺は敢えてそれを確認せず、エプリに向かって歩き出す。だって……下手に格好つけたから今頃気恥ずかしくなってきたんだよっ!!
「っ!? すぐ終わらせて戻るからね」
背中越しにそんな言葉を聞きながら俺は走る。振り向かずとも彼女も走り出しているのが目に浮かぶ。あとはこの事態を収めるまで、目の前の奴を止めるだけだ。
「イザスタさんの邪魔はさせないぞ。……今からでも戦いを止めるって言うなら大歓迎だけど?」
鼠凶魔はさっきの一撃でそれなりに数が減り、残りは前に出たウォールスライムが抑えてくれている。のっぽの奴はしばらく動けない。あとはコイツだけだ。
「……どいて。“
「うおっ!?」
コイツいきなり最初に食らった風魔法を使ってきた。話し合う気もなしかよ。だが同じ手は二度は食わないとも。俺は前傾姿勢を取って踏ん張り、じりじりと距離を詰めていく。
これまでの動きから察するに、肉弾戦よりも風魔法で距離を取って戦うタイプと見た。だがこっちも漫画やライトノベルでこういう奴の対処法は知っている。
すなわち、何とか近づいてぶっ飛ばすのみっ! 脳筋な考え方だと思われるかも知れないが、実際これが意外に有効なのだ。
じりじり進む俺に対し、相手は風を放ちながら少しずつ後退る。距離を保つつもりだろうが好都合。時間が経てばイザスタさんが何とかしてくれる。勝てなくても釘付けにすれば良いのだ。だが、やはりそう簡単にはいかないのがお約束。
「
急に何かが飛んでくる気がして咄嗟に貯金箱を目の前に翳す。すると何かが当たったような衝撃と共に右足に鋭い痛みが走った。見れば服に切れ目が入り、うっすら血が滲んでいる。
コイツは“
内心で悪態を吐くが、風で機敏に動けないのにこれはキツイ。実際どんどん見えない刃が飛んできて、貯金箱で防いでいない所に傷を増やしていく。
幸いなのは威力は大したことないようで、軽く切った程度の傷しか負っていないという点。寧ろ服がスパスパ切れていくのが痛い。俺の一張羅がっ!? 美女ならともかく俺の服など誰得だと言うんだ。
「このおぉぉっ」
このまま時間を稼いでも良いが、コイツにも一発食らわさないと腹の虫が収まらない。俺は多少の傷を覚悟の上で貯金箱を掲げながら突進した。どんどん身体と服に傷が増えていくが気にせず、奴の間近まで近づいて拳を握りしめる。
「……
「うなっ!?」
横殴りの風が収まったかと思うと、今度は真上から突風が吹き下ろしてきた。ウォールというくらいだから壁か? ちょうど殴る前の溜めをしていた所に急に変わったため、反応が遅れて一瞬体勢が崩れる。
そこにさっきの横のベクトルにまた変更すれば結果はお察しだろう。俺は勢いよく入り口の方に吹っ飛ばされた。だが、
「負けるかっての!!」
俺は飛ばされながらも貯金箱を操作し、飛ばされる方向にイザスタさんのクッションを出現させた。実は一度換金したものを再び取り出す場合、出現場所をある程度決められるのだ。例えば目の前ではなく周囲のどこかといった具合に。
以前試しに軽く検証したところ、自身の半径五メートル以内であればどこでも出せた。下は試せなかったが、上空にも出せるようなので意外に便利だ。
そしてこのクッションは凄まじい弾力性を誇る。イザスタさんも「一度試しにダイブしたら、そのまま跳ね返ってぼよんぼよん跳ね続けていたわ」なんて笑いながら言っていたほどの弾力がある品だ。今回はその弾力性が役に立つ。
俺はそのまま入り口に激突し、クッションの反発を利用して再びエプリに向かって跳ね返っていく。気分は横向きのバンジージャンプだ。
「っ!?
俺が再び猛烈な勢いで向かってくるのに気付いたエプリは、さっきと同じように二種類のベクトルの違う風を吹き荒らさせる。だが甘いな。その手口はさっき見たぜ。
「もういっちょぉぉ」
俺は再び貯金箱を操作してあるものを奴の目の前に出す。それはイザスタさんの牢で換金した本棚。相手に向かって倒れこむように出した本棚は、中身がないので長くは耐えられないだろう。だが一瞬の目くらましにはなる。
一瞬後に風で飛ばされてしまう本棚。奴はそのまま俺を吹き飛ばそうとするが、俺の姿はそこにはない。見失っただろ。どこだと思う?
「
わざわざ斜めに角度を付けて出現させた本棚。その狙いは目隠しと、俺の走る足場を作るため。俺は突撃する勢いを緩めずにそのまま本棚を駆け上がり、エプリの真上に飛び上がっていた。
普通ならこのまま頭上を飛び越えてしまう勢い。だが、今のコイツは真下に吹き下ろす強力な風の壁を張っている。つまりそれにわざと引っかかることで、勝手にコイツの方に引き寄せられるって訳だ。
急激に身体が下方向へ引っ張られるのを利用して、片足をピンと伸ばした体勢をとる。よし。今こそ一度やってみたかったあの技を試す時。
「喰らえ。今必殺の、ラ○ダーキィィック!!」
「くっ!?」
俺のキックが直撃する直前、コイツの身体が急激に後退した。どうやらお得意の風を自分に使うことで回避したようだ。だが、キックの衝撃で奴の黒フードがめくれ上がる。
「フードもらったぁ。さあて、素顔を見せてもら……えっ?」
「…………見たな……私の顔を」
そのフードの下にあったのは……俺と同じくらいの齢の女の子だった。
髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、俺にはまるで妖精か何かのように感じられた。
「……綺麗だ」
ついそう呟いてしまったのも無理ないと思う。だが、それを聞くと一瞬彼女は硬直した後すぐにフードを被りなおし、
「……殺す」
「ま、待って待って!? これはつまりアレ? 顔がコンプレックスで目撃者を抹殺する的な流れ!?」
俺に向かって怒気の籠った言葉をぶつけてきた。もはや怒気というよりも殺気と呼んだ方がしっくりくる感じだ。
それと同時に彼女の周りに凄まじい風が吹き荒れ始める。さっきまでを突風とか強風と言うのなら、これはもはや暴風、台風のレベル。少しでも気を抜けば飛ばされる。そうして踏ん張っていたのだがじりじりと身体が浮いていき、
「……
「う、うわああぁぁっ!? カハッ!!」
目に見えるほどの風の流れが直撃したことで完全に身体が宙に浮き、そのまま猛スピードで天井に叩きつけられた。
背中に鈍い痛みが走り、そのまま床にうつぶせに落下。漫画的表現なら人型の穴が開く所だが、そうはならずにただ床に激突。目の前に火花が散り、鼻からは生暖かい液体が流れ出す。せめて顔以外からぶつかってほしかった。
一言で今の状況を表すと……めっちゃ痛い!! 痛みで身体の動きが鈍く、何とか起き上がろうとするがのろのろとしか動けない。
「……今ので死なないなんて。……さっきの
いや物騒っ!? だけど確かに普通四、五メートルくらいの高さから顔面から落ちたら無事じゃないよな。顔が見せられない状態になっていても不思議じゃないが、それにしては鼻血が出て目がチカチカする程度で済んでいる。
しかしこんなのをまたやられたらたまったものじゃない。
「ま、待てって。話し合いで解決しようじゃないの」
息も絶え絶えに何とか言葉を絞り出す。相手が女の子、しかもすこぶる美少女とあっては殴るに殴れない。かと言ってこのまま受けていたら俺の身がもたない。あとは話し合いによる平和的解決を目指すしかない訳だが。
「……話すつもりはない。
「のわああぁぁ。ま~た~か~っ!?」
今度はくるくる空中を錐もみ回転しながらまたもや顔面ダイブ。言葉にすると気楽そうだが、実際は常人ならとっくに閲覧禁止になっている案件である。頭がクシャっていくレベルだからな。
それでも俺がまだ無事なのは、おそらくアンリエッタの加護とこっちの召喚特典のおかげだろう。身体強化の二重掛けとかありえそうだ。しかし本当にこれ以上食らったらマズイ。
「……本当にしぶとい。これでトドメ」
少女が右手を振り上げる。何とか起き上がり、せめて少しくらいはこらえようと身構える。イザスタさんがもうすぐ鼠を止めて戻ってくるはずだ。それまで少しでも時間を……。
「終わったわよトキヒサちゃん。もうすぐ術式は自壊するわ。この巨人種の人ももう大丈夫」
タイミングが良いのか悪いのか、こらえようとした所でイザスタさんの声が牢屋内に響き渡った。それを聞いてエプリの注意が一瞬イザスタさんの方に向かう。チャンスだっ!!
「でやああぁぁっ」
「くっ!?」
俺は何とか力を振り絞って突進する。向こうが気付くよりも一瞬早くタックルが決まり、そのままもつれ合いながら倒れこんだ。相手は必死に振りほどこうとするが、体格が同じくらいで筋力はこっちの方が上なので何とか優勢だ。
思った通り。風魔法は脅威だが、あくまで中距離から遠距離用のものが大半。ならば組み付いてしまえば大半の魔法は封じることが出来る。俺はエプリのマウントをとって両腕をガッチリと押さえつけた。
「は、離しなさいっ!!」
「やなこった。離したらまた竜巻大回転だからな。そっちこそ諦めて降参しろっての!!」
ここまで来ても出来れば女の子は傷つけたくないのだ。素直に降参してくれると助かるんだが。早くイザスタさんが来てくれれば。
「……トキヒサちゃん」
来た。天の助け! イザスタさんなら傷つけずに無力化する方法くらい持っているだろう。女スパイだもの。
「トキヒサちゃん。あなた……こんな所で何を……?」
「何をって、見れば分かるでしょう。こうしてこの人を……」
ここでふと今の状況が周りからどのように見えるか考えてみた。
暴れる少女に跨って押さえつける男。服はもつれ合っていたのだから乱れ、互いの息は今まで戦っていたのだからこれまた当然荒い。またも彼女のフードはめくれ上がり、その眼にうっすら見えるのは涙だろうか?
この状況を客観的に見ると…………うん。婦女暴行の真っ最中だね!!
そ、そのぉ。誤解なんです! いやホントっ! 信じて!?
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