第2話 牢屋の沙汰も金次第
……いや。俺も浮かれていた所はあったさ。
流石にどこぞのライトノベルよろしく「何だこの魔力は!? 圧倒的ではないか!!」とか、「貴方こそ勇者様。是非この世界をお救いください」とかは無いにしても、最初からそれなりの待遇はあると期待していたさ。しかし、しかしだ。
「いきなり牢屋なんてイヤじゃぁぁぁ!!!!」
「うるさいぞっ。静かにしろ」
看守の注意で仕方なく魂の叫びは中断。左右を見てもあるのは石造りの通路と牢屋ばかり。
衛兵に剣やら槍やら物騒なものを突き付けられ、この城の地下牢に放り込まれてはや一時間。どうもあの扉には開けるだけで警報が鳴って衛兵が来る仕掛けがあったらしい。
ここがファンタジーの世界だということを忘れてたな。次は魔法関係の仕掛けも確認しないと……確認できればだけど。
「それにしても……どうしたもんか」
身に付けていた物以外は全て没収された。ただ抵抗しなかったから拘束は無いし、身体検査の後で時計や財布、ペンやスマホやライター等の小物も返されたので全く何もない訳ではない。
連絡用の道具が返されたのは不幸中の幸いだったけど、すぐに取り調べが始まって、説明すれば誤解も解けると考えていただけにこの状況はよろしくない。
「すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
俺はさっきの看守に声をかける。歳は四十くらいだろうか? がっしりとしていて、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。軽く身なりを整えればダンディなオジサマと言えるレベルの顔立ちだ。俳優にでもなれば良い線行くと思う。
「またお前か。なんだ?」
「あの、さっき入ったのですが、取り調べはいつかなぁと思いまして」
一応なるべく丁寧に尋ねる。初対面の相手、特に年上には多少気を使うのだ。アンリエッタ? あいつは見た目幼女だから適応外。
看守は懐から何か紙を出して目を通す。この世界は紙が普及しているようだ。
「名前は……トキヒサ・サクライか。家名持ちとはどこぞの没落貴族か? まあ良い。すまんが立て込んでいる。お前の番は早くとも明日の夕方以降だな。大人しく待っていろ」
そう言って看守は巡回に戻っていった。ちなみに俺の名前は海外風に名乗っている。最初は普通に名乗ったら変な顔をされたので、異世界ではこちらの方が良いかと変更したのだ。
名字があると貴族というのは別段珍しくない。実際日本でも名字がない方が普通の時代が昔あったし、こちらでもそうなんだろう。あとは、
「明日か……長いな」
あと丸一日はここに居なきゃならないとは気が滅入る。仕方ないのでさっさと寝てしまおう。早くここから出たいものだなあ。
異世界生活二日目。
一応昨日の夜に着いたので、今日は二日目とカウントだ。初日はあんなスタートだったので、今日は是非ともスムーズな展開が良い。具体的に言うと早くここから出たい。
大きく欠伸して軽く背伸び。腕時計を見ると現在午前六時前。子供の頃、早朝アニメを見るために早起きを始めてからの習慣だ。といってもこちらの時間で何時なのかは不明なので、時間が分かったら時計を合わせないと。
「んっ!?」
固い床に直接寝たのに身体が痛くない。これもアンリエッタの加護のおかげだろうか? まあそういうのは地味に助かるから良いけど。それにしても、
「ベッドどころか毛布もないとはサービス悪いな。まさか食事もないとか?」
そう独り言ちるが愚痴ぐらい言わせてほしい。この牢屋は大体八畳くらいの個室。牢屋としてはそこそこの広さに壁はこちらも石造り。
天井は二メートル程の高さで窓もなく、中央の辺りに光を放つ石が嵌められている。灯りのようだが光量は豆電球くらいのぼんやりしたものだ。読書には向かないな。
入口は全面太い木の格子で覆われて、格子の隙間は俺の頭が通るぐらい。意外に大きいが、これは多分外から差し入れでもあるのだと思う。
壁の隅には俺の膝くらいまでの大きさの壺が一つ。蓋を開けると、中には親指サイズの透明な石が入っていた。
この中に用を足すと分解・吸収してくれると昨日看守が言っていたが、匂いも時間経過で消えるらしく、原理は分からないが便利なものだ。日本なら防災グッズで役立つかもな。
以上これだけ。──もう一度言う。
ガラガラ。ガラガラ。
そんな風に思っていると、通路の方から何やら物音がした。何だろう? 気になって格子から覗いてみる。
通路にも牢と同じく一定間隔で光る石が嵌め込まれていて、少し離れていてもぼんやり見えた。そこには、昨日の看守が何かを引っ張って歩く姿があった。目を凝らすと小さな荷車のようだ。
看守は牢屋を見回り、何かを荷車から出して囚人に手渡している。その際必ず何かしら言葉を交わしてから。
ガラガラ。ガラガラ。
そうしている内に俺の隣の牢までやって来た。牢と牢の間隔は五メートル程。これなら何をしているか分かりそうだ。
しっかし隣の牢か。昨日は何が何やら分からずにここに来たから気を配る余裕もなかったが、一体どんな人が入っているのだろうか?
「次は……イザスタか。まだ寝ているな。おい! さっさと起きろ。配給だ」
「……ん~っ。何? もう朝? もう少し寝かせて~」
寝起きなのかやや掠れてはいるが、声の様子からするとどうやら女性らしい。寝ぼけながらも看守と話している。
「まったく。ほらっ。朝食と洗顔用の水と布だ。受け取れ」
看守が荷車からパンとスープの入った木製の器とスプーン、水が入ったコップ。それとは別に水のなみなみ入った桶と布を出して牢の前に置く。
すると牢の中からニュッと手が伸びて、素早くそれらをかっさらっていった。まるでカメレオンが舌を伸ばすような早業だ。一瞬残像が見えたぞ。
「ありがとね~。いや~ホントいつも助かるわ~」
礼の言葉と共にバシャバシャと水音がする。どうやら顔を洗っているようだ。そのまま少しすると、看守は懐から何かを取り出して牢の中に静かに投げ入れた。
「ご要望の品だ。それなりに手間がかかったがな」
「アリガト。これは約束の半金と次回の分。次もまたヨロシクね」
牢の中からまた手が伸びて、代わりに何か硬貨のような物を差し出した。遠目だが金貨みたいに見える。看守は何も言わずに受けとると、そのまま荷車を引いてこちらの方に歩いてきた。
ガラガラ。ガラガラ。
「トキヒサ・サクライ。配給の時間だ」
看守は荷車から先ほどのようにパンとスープ、水入りのコップを取り出すと牢の前に置いた。……あれ? これだけ?
「あの、お隣みたいに顔を洗う桶とかは?」
「無いぞ。あれは
看守はそう言うと、何か表のような物を出してこちらに広げて見せた。
「……あのぅ。俺文字が読めないんです」
「家名があるから没落貴族かと思ったが違ったか? これは
おそらくデンとはここの通貨単位だろう。つまり良い扱いをされたきゃ金を払えと。だから財布を返されたのか。……ここ牢屋だよな? 宿屋の間違いじゃないよな?
「勿論金なしでも元々のここの待遇は受けられる。と言っても食事は朝晩にパン一つとスープ、そしてコップ一杯の水だけだがな。おかわりも認めない」
待遇悪いな。こっちは偶然が重なって捕まっただけで特に悪いことはしていない。それなのにこれは酷いぞ。だけどここでごねても始まらない。
「では外の宿屋のような待遇を受けるにはどのくらい必要ですか?」
「宿屋にもよるが、朝昼晩三食お代わり自由付きに身体を洗う水と布、毛布その他細々とした物を加えてここでは一日三百デンと言った所か。……ちなみにその内二百デンは俺が差っ引く分だ」
ぼったくりじゃねぇか!!! 本来百デンの額に三倍の価格をふっかけるとはなんて悪徳看守。
「牢屋に外から物資を届けるんだ。手間賃ぐらいは貰う。それに本来宿屋で取る宿泊費は入れてない。どのみち今日はここで寝泊まりするだろうしな。それで払うのか? 払わんのか? 早く決めろ」
……一応当てはある。『万物換金』の効果は持ち物を金に換えるもの。つまり
「あらっ!? もしかしてお隣さん? 寝起きで気付かなかったわ。アタシはイザスタ。ヨロシクね」
ここは一度我慢して次の時に。そう考えていると、突如隣の牢の女性が声をあげた。
「ドモ。時久です。こちらこそよろしく」
挨拶には挨拶で。顔は見えないがかなりフレンドリーな人らしい。怖そうな人じゃなくて何よりだ。
「トキヒサちゃんね。お隣さんが来てくれて嬉しいわ。ずっと両隣が空き部屋で話し相手が欲しかったの。……そうだわ! お近づきの印に今日のお代はアタシが持ちましょう。それで良いわよね看守ちゃん」
「ちゃんを付けるなちゃんをっ!! 俺はどちらからでも構わん。好きにしろ」
「アリガト看守ちゃん。そういうことだから、これからヨロシクね。トキヒサちゃん♪」
「はい。どうもありがとうございます。イザスタさん」
いつの間にか奢ってもらえることになった。非常に助かるので素直に礼を言って受け取ろう。
「よし。では次の配給はその待遇だ。洗面用具は今回用意していないが、朝食は予備があるので今渡しておく」
看守は荷車から果物のような物と干し肉を追加で出して渡してきた。おお! 少し朝食が豪華になった。パンとスープだけじゃ味気ないもんな。
「巡回の帰りにまた来る。おかわりが必要ならその時にな」
そう言い残すと看守は次の牢屋へ歩いていった。おかわりがあるとは流石に待遇が良い。顔を洗う水がないのは残念だが……まあ良いか。今は食事だ。
「頂きます」
手を合わせて早速朝食に取りかかる。異世界最初の食事だ。ワクワクするなぁ。どんな味がするんだろ。さぞかし食べたことない味がするんだろうな。
……結論から言おう。一つ一つはあまり美味しくなかった。パンは固くて千切るのにも苦労するし、スープは野菜スープのようだけど具が少なくて薄味。干し肉は塩が多くて辛すぎ。果物はやや酸味がきついが、甘味もあって悪くはないかなって具合だ。
これは組み合わせて食べる物だと気づいたのは粗方食べ終わった後だった。看守がまた来たらおかわりして再挑戦してやるからな!
「ふぃ~。やっぱりスープは肉を入れると丁度良い塩加減だな」
おかわりもして腹も膨れ、壁に寄りかかって食休みだ。……そういえばお隣さんはどうしたかな? 話し相手が欲しいと言っていた割には食事中話しかけてこなかったけど。
ブルブル。ブルブル。
「んっ!?」
急に寄りかかっていた壁の一部が震え出した。最初はブルブルと軽い振動程度だったのに、少しずつ大きくなって今ではグラグラって感じだ。
「なんだなんだ!?」
俺は驚いて距離をとる。壁の一部はそのまま震えていたかと思うと、ズポッという音をたてて穴が開いた。そして、穴の向こう側からズルズルと音をたてて誰かが乗り込んでくる。それは、
「よいしょっと。……バアッ♪ 驚いた? やっぱりお喋りは相手の顔を見ながらじゃないとね」
服についた埃を払いながら笑いかけてくる、どこか不思議な感じのする女性だった。
というか壁っ!? 壁壊れてますよっ!?
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