第3話 お姉さんはお好き?
「その声……イザスタさんですか!?」
「そうっ!! イザスタ・フォルス。イザスタお姉さんと呼んでくれても良いわよ。寧ろ呼んでくれるとお姉さんスッゴく嬉しいわ」
「いや普通にイザスタさんで」
イザスタさんはやはりどこか不思議な感じの女性だった。見た目は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか?
澄んだ水色の瞳に明るい茶髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを身に付けている。首には赤い砂時計の飾りが付いたネックレスを提げていて、寒色系のコーディネートの中でそこだけ際立っていた。
だが特筆すべきはそのプロポーションだ。ざっと百七十越えの長身に、それに合わせて出る所は出て引っ込む所は引っ込むその姿は、道を歩けば大半が振り返るだろう美人だ。
そんな人が突然目の前に来れば普通は緊張して声も出ない。だが彼女の雰囲気がそうさせなかった。
全身から目に見えそうなほどのご機嫌かつご陽気オーラを出していると言うか。つまり話しやすいタイプだ。多分大抵の相手と初対面で仲良くなれるだろう。
そして俺もその一人に入る訳で、
「ほらほらっ!! 遠慮しないでもっとどうぞ。育ち盛りなんだから」
「いや……もう腹一杯で。というか何故こんな大量の菓子が!?」
僅か十分後。俺はイザスタさんの牢に半ばむりやり連れ込まれてちょっとした茶会をしていた。
床にはカーペットが敷かれ、天井から吊り下げてあるのはハンモックか? 壁には本棚中に本。何やらデカいクッションや絵まで飾ってある。牢の魔改造もいい所だ。
おまけに小さな組立式のテーブルと椅子が二つ用意され、俺は菓子(スコーンみたいで、セットのジャムをつけて食べると絶品)をたらふくご馳走になった。飲み物に良い香りの紅茶付きだ。
おかしい。サービスが良すぎだろ? それにこの牢自体俺のより大きいし。
「これ? 看守ちゃんに頼んで用意してもらった物よ。それなりに値は張ったけどね。あとこの牢はお金を払って少し広い牢に変えてもらったのよん」
イザスタさんはウインクしてくるが、それってマズくないか? ここの規則どうなってんの!? 待遇が金で大幅に変わるんだけど。
「もちろんあの看守ちゃんが特別なだけ。あの人とっても顔が広くてね、お金さえ払えば色々と調達してくれるの。売り上げの一部を設備向上に充てているから黙認されてるみたいね」
成る程。値段が高いのはそのためでもあるのか。俺が納得していると、イザスタさんがカップを静かに置いてこちらを見つめてきた。ここからが本題ってとこかな。
俺もお隣さんってだけでこんなに良くしてくれるとは思っていない。善意が無いとは言わないが、思惑ぐらい有るんだろうな。
「さてと。お腹も膨れたことだし、腹ごなしに質問タイムと行きましょうか。何せ時間はたっぷりあるんだから。まずはトキヒサちゃんからどうぞ♪」
彼女はニッコリ笑顔でそう言った。……確かに最初に会った時から話し相手が欲しいって言ってたもんな。この世界のことも知らなきゃいけないし、これは良い機会かもしれない。
俺達は互いのことを語り合った。自己紹介から始まり、何でここに居るのかとか、ここを出たらどうしたいとか色々だ。本当にたわいのない話も多かったが、幾つかのことが分かってきた。
まず大きな収穫はこの国について。ここはヒュムス国というヒト種が主導する国の王都らしい。
この世界には多くの種族がいて、ヒト種は最も人数の多い種だ。他にもエルフやドワーフ、獣人、巨人、精霊、魔族といった種族もいる。ここまではファンタジー物でお馴染みだ。
基本的に種族毎に国や街があり、異種族間で友好的な所は少ないとか。ちなみにこの国はヒト種至上主義を掲げて、他の種は劣等種という風潮だとか。実にテンプレだが、実際に差別があると聞くとおっかない。
イザスタさんは元は他の国の出で、王都に着いて少しした頃にいざこざがあってここに入れられたらしい。詳しくは秘密って濁されたが、出所してもしばらく王都に滞在するとか。
あと気になっていた壁の穴だが、イザスタさんが来た時から有ったらしい。それについては看守も知っているが放置しているとか。おい看守!! 早く塞ごうよ!!
他にも様々な質問をしたが、イザスタさんは一つずつ丁寧に話してくれた。
一応自分はひどい田舎から来たと前置きをしたが、普通はこんな常識的な質問ばかりしたら不思議がる。だが彼女はまるでそんな素振りを見せなかった。その理由が明らかになったのは大分後の話だ。
そうして話し込んで気がつけば夕方。途中用意された昼食を挟み、実に有意義な時間になった。
俺ばかり得したように思えたが、「とっても楽しかったわ。トキヒサちゃんもアタシのタイプだし、またお話しましょうね♪」なんて言われて少しドキッとした。あれが大人のオンナって奴か。
あと昼も同じ看守だったがいつ休んでいるんだ? いくらなんでも一人で全部しているとは思えないが。
「トキヒサ・サクライ。取り調べの時間だ」
噂をすればなんとやら。件の看守が牢にやって来た。俺は看守に連れられて外に出る。
「アラ取り調べ? ガンバってねぇ」
イザスタさんが手を振って見送ってくれる。そう言われても別に重罪を犯した訳じゃなし。すぐに終わって釈放されると思うのだけど。……すぐ釈放されるよな?
看守について通路を歩く。通路の幅はおよそ二車線分くらい。高さは四、五メートルくらいと牢獄にしては大きい。これはヒト種以外の大きな種族も居るからだとか。
「あまり人がいませんね」
歩く途中ふと気が付く。今日まで取り調べを待たされるくらいだから大勢囚人が居ると予想していたのだけど。人影はぽつぽつという感じだ。
「気になるか? ここは基本的にヒトが少ないからな。昨日の盗賊団も大半が労働刑等に決まって外に出ている。残っているのは取り調べが長引いたか特殊な事情の奴だ。
「えっ? イザスタさんはもう刑期が終わってるんですか?」
これには驚いた。何をやったかは正確に知らないが、それでも自分から牢屋に残るというのはよく分からない。
「奴の罪は本来、労働刑にしばらく従事すれば出所出来るものだ。加えてイザスタは高い金を払って物を買っている。それは国、及び俺に貢献したという一種の減刑措置になる」
日本でも保釈金を払うことで出られる場合があるけど、こっちでも理屈は同じかね? そんなことを考えながら歩いていると、
「ほう。取り調べの前に他人の事を考える余裕があるとは」
「と言っても俺はいきなりあの場所に居ただけですから。正直に答えれば分かって貰えますよ」
「……確かにお前は捕縛された時も抵抗しなかったと聞く。それなら基本的には只の不法侵入だ。
看守は意味深な言葉を言うとそのまま口を閉じる。マズイなぁ……これフラグだよね。一回ならまだしもイザスタさんのと合わせて二回目だよ。確実になんかあるパターンだよ。
「俺だ。ディランだ。囚人を連れてきた。扉を開けてくれ」
頭を抱えている内に目的地に着いたらしい。看守は取っ手のない頑丈そうな扉の前で立ち止まった。
取っ手がないのは内側から簡単に開けられないようにだろうが、ここには見覚えがある。俺が牢に入る時にも通った所だ。あと今更知ったがこの看守はディランというらしい。覚えておこう。
そうしてしばらくすると、扉からカチャリと音がして内側に開いた。
「お疲れ様です。ディランさん」
「すまんな。さあ。行くぞ」
扉の横で直立不動の衛兵に一礼し、先に入ったディランに促されて扉を潜る。扉の先はまた別の通路になっていて、まっすぐ行けば上へ通じる階段。取り調べ室は通路の途中にあった。
「お前の担当は怖いぞ。俺も立ち会うが、精々呑まれないように気をつけることだ」
ディランが口元をニヤリと吊り上げて言った。そんなに怖いの!? お手柔らかにお願いします。
取り調べ室では一人の男性が椅子に座っていた。少し頬のこけた、見るからに神経質そうな顔をしている。服装は結構立派な物なので役人か何かだろう。
「……遅いぞ。早く座れ」
役人に促されて対面にある椅子に座り、ディランは俺と役人の間の壁に腕を組んで寄りかかっている。もし逃げたり暴れようとしたらすぐに対応できる位置だ。
「では取り調べを始める。名はトキヒサ・サクライで間違いないな? これからする質問に嘘偽りなく正直に答えるように」
こうして俺の取り調べが始まった。
およそ二時間後。
「疲れた~」
取り調べも終わって牢に戻る途中、そうポツリと洩らしても仕方ないと思う。あの役人やたら細かい所まで聞いてくるのだ。出身地や年齢に加え、地元の郷土料理まで尋ねられた時にはうんざりした。
あと意外に朝イザスタさんと話したのが役に立った。大半はイザスタさんとのお喋りで聞かれたことばかりだったからな。
それと指を針で突かれて血を採られた。なんでも種族や能力等を多少判別出来るらしい。身の潔白が証明出来るなら安いものだ。
「お疲れさん。予想より長くて俺も疲れた。判決は数日後だ。しばらく牢でのんびりしていろ」
少し疲れた顔をしてディラン看守が言った。そう数日後……数日後!?
「えっ!? 即日解放じゃないんですか?」
「そこは俺も妙に思ってる。只の不法侵入なら血を調べることもないしな。取り調べが終わった時点で刑が決まるのが大半だ。……お前本当に何もやってないんだな?」
疑惑の目で見るディラン看守に、俺はブンブンと顔を縦にふる。本当に扉から出てすぐ捕まったのだ。某警備会社もビックリの迅速さだった。その間少し通路を歩いた程度で取り調べが厳重になるのだろうか?
「ふ~む。……まあ良い。それとイザスタが払ったのは明日の朝食分までだ。今の待遇を続けるなら朝食時に次の分を払うように」
忘れてた。能力で
「お帰り~。遅かったわねぇ。もう先に食べ始めてるわよ。これはトキヒサちゃんの分ね」
イザスタさんが夕食を食べていた。……
「ただいま~って、自分の所で食べてくださいよ!! ほらっ。ディラン看守だって呆れてます」
「だって一人で食べる食事は味気ないもの。取り調べが終わって疲れきったトキヒサちゃんと一緒に食べようと思って待っていたのに全然来ないし」
拗ねた顔をするイザスタさん。だからって俺の牢屋で待たなくても。ディラン看守も穴のことは知っているらしいけど、それにしたって囚人がこんなに自由じゃあマズイだろ。
ディラン看守も眉間にシワを寄せて難しい顔をしてるし、自分の牢屋に早く戻ってほらほら!
「……はぁっ。食い終わったらさっさと戻れ。というか出所しろ。お前の刑期はとうに終わっているだろう。いつまでここに居るつもりだ?」
「そうねぇ。大体
イザスタさんはそう言うと、そのまま俺の牢屋で夕食の続きを始めた。本当に食べ終わるまで居座る気だ。まあこっちとしても一人で食べるよりか良いか。俺も牢屋に入って夕食に手をつける。
「……はぁ。早く戻れよ」
ディラン看守はため息を吐いて去っていった。あの人もずっと立ち会っていたからな。疲れが溜まってそうだ……っと。折角だから今の内に聞いておこう。
「イザスタさん。もう刑期が終わってるって本当ですか?」
「本当よん。だからアタシはいつでも自由の身。と言ってももう少し居るつもりだけど……何でか聞きたい?」
「何でですか?」
気にならないと言えば嘘になる。それに刑が決まるまでは暇だしな。そう思って聞いたのだが。
「フフっ。だ~め♪ 女には秘密がつきもの。お姉さんともうちょっと仲良くなるまで内緒。ねっ!」
彼女は人差し指で俺の口を塞ぎながら、そんなことを言って微笑んだ。そう言われるとこれ以上は詮索しづらい。今回はやめておくか。そうしてしばし二人で食事をしていると、
「そういえばトキヒサちゃん。貴方の魔法適正ってなあに? 元気そうだから火属性とか?」
「魔法適正……ですか? その、俺はそういうのに疎くて、魔法とかよく分からないんです」
「そうなの? 珍しいわね。あんまりいないわよん」
不思議そうな顔をするイザスタさんに、俺は前と同じく田舎から来たとの理由で押し通す。
そろそろこの理由じゃ厳しいか。そう思ったのだが、彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。それどころか、夕食の後で簡単に説明してくれるという。俺はありがたく教えてもらうことにした。
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