遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?
黒月天星
第一章 異世界来たら牢獄で
第1話 第一歩から遅刻した
勇者召喚。
それは使い古されたほど良くある異世界召喚の定番だ。鉄板と言っても良い。
国に、世界に、あるいは個人に。まあ誰にどう召喚されるかは様々だが、ごく一部の例外を除いてそれは栄光への切符だったりする。
特殊な能力を授かって、人々を傷つける悪い奴らを倒す。
ああ。素晴らしきかな勇者召喚という奴だ。
ウェブ小説で異世界物を読み耽るのも趣味の一つなので、必ずしも勇者が良いモノでも正しいモノでも楽なモノでもないということを差し引いても、自分がそうなるというのはまあ一種のロマンだ。得難い経験だと思う。
だけど、だけどな。
『ごめん! 誰かに妨害されて勇者召喚の
「それ大遅刻じゃないかっ!?」
せめてバックアップはしっかりしてくれよ神様。大丈夫だよね? もう遅いって現地の人に言われたりしないよねっ!?
気が付いた時、俺は石造りのだだっ広い部屋に倒れていた。ここは王城の一室。床には俗に言う召喚用魔法陣。
さて。異世界だろうと何だろうと、何はともあれ状況確認。これは大事。まず俺こと、
高校二年。十七歳。平均的な身長より少々低いいつもの姿だ。そこはちょっとだけ伸びてくれても良かったのに。というか伸びてほしいですお願いします。
ここに来る前に着てた山男風の服装良し! 山道や森の中も普通に過ごせる程丈夫かつ防水加工済みで、ベストの内側には隠しポケットも自作したりと改造済みの逸品だ。
身に着けていたリュックサックもそのまま。中にはキャンプ用品やら携帯食料がそれなりに。
身体の調子は割と良好……いや、絶好調と言っても良い。身体が軽く、少しステップを踏むと実に軽やかだ。
『身体に異常はなさそうね。ちょっぴり失敗したから焦ったわ』
「いやちょっぴりじゃないんだけどな。大遅刻だよ」
『……とまあおチャラけてみたけれど、正直ワタシもイラっとしてるのよねぇ。記念すべき最初の一手を邪魔されるなんて』
俺の持っているコンパクト型通信機。その鏡の部分から映る少女が、ムキ~っと地団駄を踏んでいる。見た目だけなら微笑ましいのだけどな。
彼女の名はアンリエッタ。自称富と契約の女神の金髪ツインテ幼女である。一応俺の命の恩人(神?)なので感謝はしているが、こう見えてとんでもない金の亡者だ。
趣味の宝探しの帰り道、崖から落ちて怪我をしていた所に突然コイツは現れた。そこで触れられただけで傷が治った時は本気で神様だと思ったよ。
だがコイツの執務室(家具とかは立派だが、アンリエッタの背丈から考えるとかなり大きめ)にワープ的な何かで連れ込まれ、「アナタ、今からワタシ、富と契約の女神アンリエッタの手駒になりなさい。というか決定事項だから」と言われる怒涛の急展開だ。
手駒になってゲームに参加しろ。断るなら治療費やら何やらを払えと請求書を突き付けられ、目玉が飛び出るほどの額を見せられた以上こっちに拒否権は無かった。
まあ命の恩人であることは間違いないし、異世界ってのもロマンだしな。渋々七割ワクワク三割くらいの気持ちで異世界に行くことを了承した。
「おい? 手首に変な痣が出来てるぞ。何かの不具合か?」
『痣? ……ああ。それは
俺の右手首の異常に気が付いて聞いてみると、確かにローマ数字のⅦに見えなくもない痣だ。
あと、ゲームとアンリエッタは言ったが、これは要するに神様の暇つぶしのゲームだ。
何でも七柱の神様が一人ずつ参加者を選び、同じ異世界にぶっこんで競い合わせるゲームらしい。一番になった参加者には、担当の神様が出来る限りで願いを叶えてくれるとか。
まあ競い合うと言っても殺し合いをしろって訳じゃない。そんなんだったら俺だってお断りだ。それぞれ参加者には課題が用意されて、それをクリアするまでのタイムと内容によって競うという。
ちなみに最初の参加者が来たのはもうざっと二十年ぐらい前だとか。神様の暇つぶしだけあってスパンが長いったらない。
身体の調子と持ち物は特に問題なし。後確認することと言ったら……。
「出てこいっ! ……ホントに出たよ」
俺が念じると、目の前に奇妙な物体がフッと出現する。
人の頭程の大きさで、手提げ金庫のように上に掴むための取っ手がある。材質はよく分からない金属で、前面にはビーズのような赤い宝石が埋め込まれており、背面には硬貨を入れるための細長い穴が一つ。
伝説の武器でも防具でもなく、これが女神から貰った俺の加護……チートなのだから厄介だ。
ゲームの参加者は共通して三つの加護、身体強化・言語翻訳・能力隠蔽の三つが与えられる。
身体強化と言語翻訳は言わずもがな。といっても強化は一般人がちょっとしたアスリートになれる程度だし、言語翻訳はこの世界の一般的な言葉の翻訳だけで文字が読める訳じゃない。洋画の吹き替えみたいなものだ。
能力隠蔽に関しては少し特殊で、俺がアンリエッタから貰った加護を隠せるだけでそれ以外の物は隠せない。例えばこの世界で“手からエネルギー波を出せる”能力を得たとする。その場合は貰ったものじゃないから隠せないわけだ。
ここまでが参加者共通の加護だが、それぞれ個別にもう一つ与えられる。俺の場合は『万物換金』。簡単に言うと、
俺の意思一つで出したり消えたりできるこの貯金箱。ここから出る光を浴びせることで、その物の値段を査定し現金に換えることが出来る。
じゃあそこら中の物を纏めて金に換えれば大金持ちだと思ったが、話はそう旨くない。あくまで俺の所有物じゃないとダメなのだ。仮にそこらの石ころを拾って査定しても、余程数が多いか珍しくないと金にはならない。中々扱いづらい加護だよまったく。おまけに、
「……なあ。いちいち金を入れないと起動できないのは何とかならないのか?」
『何言ってんのよ! 女神がたった百円程度の供物で力を貸そうって言うのよ? むしろ感謝しなさい』
だから胸を張るんじゃないよ! セコイ金の亡者と怒れば良いのか、微妙に微笑ましいから笑えば良いのか分かんないからっ!
きちんと能力が使えることを確認し、そのままだと邪魔なのでひとまず貯金箱を消しておく。
『ねえトキヒサ。それで肝心要のモノは有ったの?』
「……分からない。少なくとも目に見える範囲ではな」
『そう。こちらで確認したけど、間違いなく召喚特典自体は付いているみたい。危なかったけどワタシの読み通りだわ!』
そう。最初に言ったがこれは
本来の勇者召喚のメンバーは四人。アンリエッタがどうやってか用意した
つまりは本来行われる勇者召喚に、アンリエッタが俺を割り込ませることで召喚特典を得させる。つまりは加護の二重取りを狙ったわけだ。何が来るかは分からないが、能力が最初から二つと言うのは大きなアドバンテージだからな。
どうなることかと思ったが、一応遅れこそしたものの勇者召喚は成された扱いらしく二重取りは成功のようだ。
「ルールには過度に参加者に加護を持たせて出発させるなとあるけど、現地で能力を増やすなとはないわ。だからこれはズルじゃなくて、単にルールの抜け穴を突いただけよ」というのはアンリエッタの言い分だが、ギリギリグレーっぽいので他の参加者から苦情が来たら逃げよう。
ということで勇者として異世界入りし、どう動くにしても他の勇者に紛れて情報集めをしようとしたのに最初からこれである。
先が思いやられるが、まあ初期状態がイージーからノーマルになっただけと思えば良いか。
リュックを背負い、服の埃を払い、軽く自身の頬をはたいて気合を入れる。よしっ! 準備万端!
『じゃあひとまず通信はこれで終了するわね。最後に……ごめんなさい。妨害があったからとは言えこれはワタシのミスよ。こちらでも時々モニターしているけど、また何か有るかもしれない。気を付けてね』
その言葉を最後に映像が途絶える。まったく。最後にあんなしおらしいことを言われると、少しだけ調子が狂うな。
「さて、これからどうするかな」
遅刻したとはいえ召喚された身だ。待っていれば誰か迎えに来るかもしれない。しかし、
「……誰も居ないみたいだな」
耳を澄ましても特に音が聴こえない。もしやここは特別な時しか使われないとか? 部屋の扉にはどうやら鍵はかかっていないようだし、少し妙な気もする。
「仕方ない。こっちから行くとするか」
記念すべき異世界の第一歩だ。どうせなら楽しんで行こうじゃないか。
俺は胸の奥から湧き上がるワクワクに少し口角をにやつかせながら扉を開け、
いやそうだよね! 知らない奴が城内をうろついていたらそりゃすぐに捕まるよ。不審者だもの。
初期状態がノーマルからハードになった瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆
如何だったでしょうか? この話が少しでも皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
フォロー、応援、コメントは作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます