12話 幼馴染みとお泊り会〈後編〉

「おう、お帰り詩織」

「お帰り、詩織ちゃん」


 リビングに入って来た詩織に、俺たちはそう返した。


 すると、詩織は結衣が来ていることを知らなかったのだろう。少し驚いてから、いつも通り落ち着いて返事をした。


「ありがとうございます。結衣さん、来ていたんですね!」

「ごめんねー。今日からまたしばらくお邪魔しちゃうけど…」

「大丈夫です。結衣さんを一人にすると何かと危ないので」


 ちょっと申し訳なさそうに結衣がそう言うと、詩織が悪気を一切含まない口調でそう言った。


 それにしても、詩織は今ではすっかり結衣と仲が良くなったが、昔は少し違っていた。



 俺と詩織が一緒に住むようになってから二ヶ月程経った頃、初めて結衣が俺の家に来た。

 理由は今回と同じで、両親が出張に行くからだ。


 その時、初めて結衣と会った詩織は、仲良さげにする俺と結衣の輪に入れず、ずっと結衣をにらんでいた。


 そして、それからと言う物、かなり結衣を敵視するようになり、結衣が来た時はいつも俺の背後にしがみついていた。

 中学生なのに。


 だが、とある日を境に、徐々に仲が良くなっていき、今は普通に話しているのだ。



「それにしてもお兄様。結衣さんが来るならご連絡をしてくださってもよかったではないですか」


 俺が少し昔の記憶に浸っていると、詩織がほっぺを膨らませてそう言ってきた。


「悪い悪い。俺にも色々と事情があってな」

「そうみたいですね。お兄様は最近よく出かけられてますので」

「え!?そうなの!」


 詩織がジト目でそう言ってくると、それに反応した結衣が、驚いた声を出した。


「そうですよ、結衣さん。最近のお兄様は、お休みの日の度にどこかへ出かけられているんです」

「ちょ、ちょっと千尋!どういうこと?」

「いや、色々とあってだな」

「色々って?お姉ちゃんに言って見なさい!」

「誰が姉だ!」


 詩織と手を組んで俺に追及してくる結衣に、俺は必死に話題を逸らそうとした。


「ほら、そろそろ飯の準備するぞ」

「あ、逃げちゃダメ!」

「お兄様!」


 俺の後ろで何か言っていたが、俺は聞こえないフリをして夕飯の準備を始めた。



 うちでは俺と詩織の交互で料理をするのが決まりなのだが、結衣が来た時は毎回二人ですると詩織が言ってくる。

 なので、今は俺と詩織の二人でキッチンに立って料理をしていた。

 ちなみに結衣はソファーでのんびりテレビを見ている。


「詩織、塩とってくれ」

「はい、お兄様」


 今作っているのはチャーハンと卵焼きだ。

 俺がチャーハンで、詩織が卵焼き。


 俺は詩織が作る卵焼きが好きで、結衣も好きだった。

 だから、来た時は毎回作るようにしている。


 俺のチャーハンは、まぁたまたま卵が多くあったから作っているだけだ。


「それにしても、お兄様はどうして最近いつもワタクシと一緒に居てくれないのですか?」

「え…と……」


 料理中、なんとも返答しにくい質問をしてくる詩織。

 聞こえていないと言う言い訳は通用しないので、どうにか答えないといけないと言うのは、きっと詩織の計算なのだろう。


 ちなみにもう分かっていると思うが、詩織はかなりのブラコンだ。

 元々そうだったわけではないが、一緒に暮らすようになってから一ヶ月程経った頃から、徐々にその傾向が見え始めたのだ。


「色々と忙しくてな」

「それはデビル=デーモンとの戦いですか?」

「ブフォォーーー!!」


 そう言って、詩織が俺の黒歴史を軽々と抉って来たので、思わず吹き出してしまった。


 俺がまだ中二病をこじらせていた時に、詩織とは家族になった。だから、俺の黒歴史は勿論知っているのだ。


「ちげーよ」

「そうですか。それではどうしてですか?」

「高校に入ってから、友達付き合いが増えたからな」


 俺は、嘘は言わずにごまかす作戦にした。

 詩織は嘘にかなり敏感で何かセンサーのような物が働くらしい。


「そうなんですか…。それでは仕方ありませんね」

「まぁ今週は特に何もないから家にいると思うぞ」

「本当ですか!」


 俺が家にいると言うと、詩織は今日一番目を輝かせそう言った。


 ほんと、このブラコンっぷりはどうにかしないとな。


 俺はそう思いながらも、兄のことを素直に慕ってくれる妹が可愛らしくて、ついつい甘やかしてしまうのだ。



「「「いただきます」」」


 料理を並べ終えた俺たちは、さっそく声を揃えてそう言って、食べ始めた。


「相変わらず詩織ちゃんの作る卵焼きはおいしいね」

「そうだな」

「ありがとうございます。結衣さん、お兄様」


 俺と結衣はさっそく詩織の作った卵焼きを食べ、感想を言った。


 なんせ今日のメインは卵焼きなのだから。

 チャーハンは二の次だ。


「それにしてもずるいよね、千尋は。こんなにおいしい卵焼きを毎日食べられるなんて」

「いや毎日は食わねぇけど、確かに特権だとは思ってる」


 俺はさぞ自分のことかのようにどや顔を決めた。


「そ、そんなに褒められると照れてしまいます…」


 俺と結衣の会話を聞いて、詩織が頬を赤らめながら、両手で押さえていた。


 うん。やっぱり可愛らしい。

 何と言うか、これで何でもできるから、本当に自慢の妹だ。


「詩織ちゃん照れてるところも可愛いね」

「もー。結衣さん……」


 そんな詩織を見て、結衣も同じことを思っていたのだ。

 しかしまぁ、こうしてみると、美少女二人と同じ食卓を囲んでいる俺は、傍から見ればただただ嫉妬されそうだ。


 そんな感じで、俺たちは楽しく談笑しながら晩御飯を食べた。



「それでは結衣さん。本日もワタクシの部屋で一緒に寝ましょう」

「そうだね、じゃぁおやすみ千尋」

「おやすみなさい、お兄様」

「あぁ、おやすみ」


 夕飯を終え、風呂にも入った俺たちは、明日も学校があるので早めに寝ることにした。


 俺は自室に入ると、扉を閉めてベッドへとダイブした。


「うん。やっぱり詩織や結衣といる時間も楽しいな」


 俺は数秒程うつ伏せになってからそう呟いた。


 今日を軽く振り返るが、俺はずっと笑っていた気がする。

 冗談が通じる。それはすなわち互いに信頼し合っていると言うこと。


 コレを言えば相手が傷つき、悲しむと言うラインが分かっているからこそ、ある程度までの冗談が成立する。

 だから、本気で笑ったり、安心したりすることができるのだ。


「こんなにもずっと笑っていられる関係は、崩したくはないな」


俺はそんなことを心の底から思った。

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