9話 現実とは表裏一体です
日曜日になった。
俺は、とある人物と約束をしている。
そして、今はその人物が集合場所に着くのを待っている。
そう、ここは……
遡ること数日。
俺は閉じた携帯をもう一度開き、メールを確認した。
『約束、覚えてるわよね?
ワタシ、そのために勉強したんだから
楽しみにしてるわよ、チヒロ』
相手は
しかし、俺は知っている。
あいつが学校の奴らが思っているような奴ではないと言うことを。
「とりあえず返信するか……起こると面倒だし」
俺はそう呟いてさっさと承諾のメールを送った。
そして今度こそ、俺は携帯を閉じて枕元に置き、目をつむって考え事を始めた。
椎名心。
出会いは、忘れもしない中3の時だった。
当時、ようやく中二病が収まり、しかしながら学校にすでに居場所がなくなっていた俺は、休日に友達と出かけることもなく、一人で気ままに家で過ごすのが日課となっていた。
しかしながら、そんな暇な時間を無駄に過ごすのはもったいなかったので、中二病の元凶でもある昔から好きだったアニメやラノベをもう一度見始めたのだ。
そして、気が付くと俺は一瞬にして再度ドはまりしたので、月に一度程度、オタクの聖地に行くようになった。
そこで、俺と彼女は出会った。
大した出来事ではなかった。
ただ、偶然にも通りかかっただけだった。
「あ、やっと来た!」
彼女はそう言って、俺の腕にしがみついてきた。
そして、その少し残念な胸を腕に押し付けながら、俺に笑顔を向けてくる。
「よし。じゃぁ、行こっか」
「え、う、うん…」
俺は訳が分からず、とりあえず承諾してしまった。
なんせ、その時俺と椎名は初対面だったのだから。
「おい、待てよ」
そして、俺たちの後ろから、男の声が聞こえてくる。
「誰だよその男」
「だから、さっきから言ってる待ち合わせの人だって」
こうして理解した。
あ、これナンパに遭ってんだな。
それで、俺を友達か彼氏かなんかだと言っていた相手に仕立てているんだ。
しっかし、よりにもよって俺を選ぶとは、馬鹿だなこの女と思いながら、俺は一瞬で切り替えて中二病で培った演技力を使った。
「あ?なんだテメェ」
「え?」
俺のドスの聞いた低い声に、さっきまでイケイケだった男が驚いた表情でこちらを振り返った。
「だから、俺の連れになんか用かっつってんだよ!あ?」
「いや、その……」
少し目を吊り上げれば、かなり厳つい顔になるのも、中二病の時に分かっていた。
だから、俺は存分にそれを使ってその男を脅す。
「なんにもねぇならとっとと失せろ!」
「は、はいぃぃぃぃいい!」
そして、俺の怒鳴り声と共に、男は逃げるようにその場を後にした。
それからしばらく歩いて、誰もいないところまで行った所で、彼女はようやく離れてくれた。
「ここまでくれば大丈夫だろ。大丈夫か?」
「え、うん。大丈夫…です」
俺がそう問うと、恐る恐ると行った感じでそう返事をしてきた。
まぁさすがに知らない人に普通に話すのは少し
「じゃ、俺はこの辺で」
そう言って、俺が立ち去ろうとすると、彼女が俺を呼び止めた。
「待って!」
「へ?」
「えっと、ワタシ、アニメとかが好きで今日もそのために秋葉まで来たんだけど、一人じゃ心細いと言うか、またあんな目に遭うのは嫌で、だから……」
「あー、そう言うことか」
そんな風に言われて、俺から誘わないのはどうかと思ったので、ここは男を出すことにした。
「俺は鈴橋千尋。よろしくな」
「う、うん。ワタシは椎名心。よろしく」
こうして、俺たちは出会った。
たまたま偶然通りかかったおかげで、俺と椎名は出会ったのだ。
まぁ、最も、今はこんな初々しい感じではないが…。
そんな風に回想を終えて、俺は時計を見た。
「約束の時間からもう30分立ってんだけど……」
俺はそう呟いて、肩を落とした。
そう、言わずもがなだが、ここは秋葉原駅の前。
そんなところで30分も待たされると言うのは、鼻の前にニンジンをぶら下げられている馬と同じ気持ちなのだ。
早くしろよ。
俺がそう心の中で突っ込んだ時、ようやく俺に声を掛けてくる人物が現れた。
「悪いわね。ちょっと寝坊した」
「ばっちりメイク決めて、しっかり変装までしてそんな言い訳か…」
そこに現れたのは、帽子を深々とかぶり、伊達メガネをして、しかし化粧は怠らず、近くでまじまじと見ないと椎名だとは分からないが、しかし遠目から見ても美人である完璧な仕上がりだ。
「ったく、寝坊したならもっと急いで来いよ……」
俺はそんな椎名の姿を見て、溜息をつきながらそう言った。
「仕方ないでしょ。ワタシってバレたら終わりなんだから」
「そうだけども…」
そう、さすがにもう気が付いていると思うけど、一応言っておく。
こいつ、椎名心は、学校では優秀で、花蓮で、お嬢様のような美少女だが、本当はただの根っこからのオタクで、中学の時は美人だが陰キャといったタイプの人間だったのだ。
つまり、学校でずっとラノベを読みまくってたタイプだ。
「ほんと、学校の奴らがこんな姿を見たら驚くだろうな…」
「だから最悪の場合対処できる
「まぁそうだけどな」
俺たちは、高校に入ってからある条約を結んだ。
それは、俺と椎名。どちらともオタクである事は隠し、そして関わりもできるだけ持たないと言う物だ。
俺は別に構わなかったのだが、彼女があのキャラで行っているので、さすがにオタクであることがバレるのはまずいと言う判断だ。
まぁ、俺的にはあんなに陰キャだった椎名が、すっかりみんなの中心にいるので、少し微笑ましくも思うので、協力してあげたいと思った。
「でもさ、今俺たちが一緒に居ることがばれる方がまずくないか?」
「は?何でよ」
「だって、俺彼女いるんだぞ?」
「…………」
俺が至ってまじめにそう言うと、椎名はこっちを見たまま固まった。
「あんた、彼女いたの!?」
「え、今更!?」
驚いた口調でそう言った椎名だが、俺は俺で驚いた口調で突っ込んでしまった。
「誰?」
「夢」
「夢って…あの石永夢?」
「うん」
「何で?」
「色々と事情があって…」
「ふーん」
そして、何かを察したのか、納得した表情をした椎名が、思い出すように話し出した。
「そう言えば、あの日も一緒に居たもんね」
「あぁ、そうだよ」
俺はこいつのあまりの人への興味の無さにあきれながらそう言った。
「じゃぁ、余計にバレたら面倒ね」
「そうだな」
俺と椎名は、少し考えた。
が、そんなことは無意味だと2秒で捨て去った俺たちは、声を揃えてこう言った。
「「とりあえず、アキバ行くぞ!」」
こうして、俺と椎名は駅の外へと駆け出した。
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