5話 お話するのは一ヶ月ぶりです

「おはようございます」

「おう、おはよう」


 俺は校門前に立っている生徒指導の先生に挨拶をして教室へと向かった。


 そう、今日は一人で。


 何故今日は一人だったのかと言うと、その理由は昨日にある。


 昨日、帰り道で結衣に会ってから、どうにも夢の様子が変だった。


 だから、俺は夢にどうしたのかと聞いたのだが、「だ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」と言われた。

 仮にも向こうから誘っているのだから、そんな初日から考え事とかするなよとは思ったが、そんなことを言ってしまえば、また脅されるのだ。面倒極まりない。


 そして、別れ際、彼女は突然「明日は一緒に登校しなくていいから、一人で行って大丈夫」と言ってきたのだ。

 俺は訳が分からなかったが、その表情や口調が真剣そのものだったので、茶化したりはしなかった。


 で、そんなことがあったので、俺は晴れて一人自由の身となり、一瞬の自由を謳歌しているのだった。


 上履きの履き替えた俺は、スタスタと気楽に教室へと向かっていた。

 昨日は突き刺すような視線が多数あったが、今は少しひそひそと噂をされる程度だ。


 ま、昨日の今日で急に一緒に登校してこなかったのだ。

 さすがに、何かあったのではと思うのも無理はない。


 そんな風に考えながら歩いていると、教室の前に見覚えのある影があった。


「え、西宮…?」

「あっ!」


 俺の声に反応したのか、こちらに手を振りながら近づいてくる。


 え、俺に何か用があるのか……って待て待て。落ち着くんだ鈴橋千尋。

 彼女と俺には何の接点もないんだ。

 そして、相手は美少女四天王。絶対と言っていいほど俺を待っていたわけがない。


 俺は、馬鹿なりに何とか考えて、恥ずかしい失態を冒さずに済んだ。


 俺はそのまま西宮を素通りしようと歩き出すと、彼女は俺の前で止まった。


「どこ行くの?鈴橋くん」

「……え?」


 まさかのまさか、西宮が用のあったのは俺だった。


「朝からずっと待ってたんだよ、私」

「はぁ…」


 そんなことを言いながら、少し頬を膨らませる西宮。

 俺は、そんな可愛さに、ただただ翻弄されていた。


「あれ?夢ちゃんは?」


 俺の頭の中なんて露知らず、西宮は話を続けた。


 俺はハッと我に返り、すぐに言葉を返した。


「今日はちょっと用事があるって」

「そうだったんだ」


 そして会話は一度終了した。


 気まずい空気が流れだすころ、俺は何とか話題を振った。


「えっと、西宮がなんで俺を待ってたんだ?」

「え、えっと……その……」


 俺がそう聞いた途端、さっきまでとは打って変わって恥ずかしそうに俺をチラチラと見ていた。


 え、ほんとに何なの?そんな反応されるとこっちが困るんだけど…。


 俺の一目ぼれの相手である彼女にそんな反応されたら、さすがに俺だってちょっと、なんというか、その…。


 って、いかんいかん。俺には夢という彼女偽の恋人がいるんだから、そんな風に下心を出してはいけない。

 俺の恋は、もう断ち切ったんだから。


 なんて感じで俺が考えていると、いまだにもじもじしていた西宮の後ろからヒョコっともう一人出てきた。


「花、昨日言うって決めたじゃん」

「そ、そうだけど…」


 そう言ったのは、西宮の親友、石崎いしざき夏目なつめだった。


 石崎は、いつも西宮と一緒に行動していて、噂では中学の時からずっとそうなのだとか。


 そして、石崎に背中を押された西宮が、ようやく話してくれた。


「えっと、二週間後に中間テストがあるでしょ?だから、ちょっと勉強を教えて欲しいなって思って…」

「へ?」


 俺はその内容を聞いて、まぬけな声を出してしまった。

 いや、実際まぬけなのでおかしくはないが。


 まぁそれは置いといて、西宮が俺に勉強を教えてと頼んでくるのに驚いた理由は二つある。


 一つは俺と西宮は、入学式の日、たまたま話した程度の関係だと言うことだ。

 そんな相手にどうしてわざわざ頼むのか。


 もう一つは…


「何で西宮より順位の低い俺に聞くんだ?」


 そう、俺よりも西宮の方がはるかに順位が高いのだ。


 俺は全校生徒の中で半分より少し上程度の人間。

 しかし西宮はトップ30


 一学年300人程度だから、かなり上位なのだ。

 対して俺は140位程度。四倍以上も離れているのだ。


「鈴橋くんが最適かなと思って…」

「いやいやいや。どうなったらそんな見解になるかは知らないけどさ、そもそも隣にいる石崎に聞けばいいじゃねぇか。石崎なら教えるのも上手いだろうし」

「でも……」


 そう、実は石崎夏目は学年一桁の天才なのだ。

 そんなに偏差値の高い高校ではないが、それでもすごい。


さすがに俺の出る幕じゃないだろうと言い切ったので、もう行こうかと一歩進んだ時に花が声をかけてきた。


「国語を教えて欲しいの」

「国語?」


 国語。

 俺の得意教科で、唯一人に自慢できるものだった。


 そう、なんといっても俺は…


「国語学年一位の鈴橋くんに」


 学年一位なのだ。

 なぜか知らないが、俺は昔から国語だけ得意だったのだ。


「国語以外は私も教えられるんだけど、国語だけはどうしても鈴橋しかいないのよ」

「はー。それなら別にいいんだけど…」


 そう、そもそもの根本的問題。

 俺には彼女がいると言うことだ。


 これはいわば西宮からの宣戦布告みたいになる。

 西宮には決してそんな意思はないと思うが、周りからすればそうなってしまう。


 それはどうにかして避けないと。そう思っていると、後ろからさらに声が聞こえてきた。


「いいじゃない。花ちゃんに勉強教えてあげなさいよ」

「夢!」


 夢は、何でもないと言った顔で、さぞ当たり前のような口調でそう言った。


 え、一応偽の恋人なんですよね?なんて思ったが、今はそれよりもありがたいと思った。


「夢ちゃん。おはよう」

「おはよう、花ちゃん」


 仲良さげに笑いながら挨拶をする二人。

 俺はそれを見てさらにホッとしていた。


「とまぁ、そう言う訳で、俺の懸念材料はなくなったから、教えられるよ」

「ほんと!じゃぁ、今週の日曜日、私の家で教えてくれる?」


 そう言われた俺は、「えーーーーー」と心の中で叫び、一度冷静になった。


 まさかの西宮の家に誘われるという事態、動揺が隠し切れなかった。

 しかし、俺の家というのは余計に危険だし、他の店などでは迷惑になる。

 だから、仕方がなく読んでいるのだ。そうだ、そうに違いない。


 俺はそう自分に言い聞かせて、何とか平常心を保った。


 そして、返事をした。


「分かった。じゃ、今週の日曜日に」

「うん。ありがとう、鈴橋くん。詳しいことは、追って話すね」

「分かった」


 そう言って、俺は西宮と連絡先を交換した。


 こうして、俺は西宮と週末に勉強会をすることとなった。

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