2話 学園一と名高い美少女と屋上で
屋上へと着いた俺は、そっと扉を開けて外に出た。
屋上にはすでに石永の姿があり、俺はすぐに声をかけた。
「ごめん石永さん」
「別に、さっき来たところだから気にしなくていいわよ」
俺の声に反応した石永が、屋上の柵に肘をつきながら振り返って、いつも通り気楽に対応してくれた。
その姿は、本当に絵になる美少女だった。
しかし、それにしてもそんな美少女に俺が呼び出された理由がさっぱり分からない。
いや、嘘だ。実は一つだけ可能性を知っている。
それは裕翔についてだ。
俺と裕翔は意外と早い段階で仲良くなった。
だから、裕翔とお近づきになりたいと言う女子が、何人か俺を通してきたやつがいた。
勿論断ったのだが、もしかすると彼女もそう言った目的があったのではないかと思った。
ただ、あの美少女四天王の一員である石永がわざわざそんなことをするのかというのも不思議だった。
だって、今朝もそうだがそもそも裕翔とかなり仲が良いのだ。
だから、そんなことをする理由がないのだ。
しかし、それ以外に可能性が全くない。
こればっかりは聞いてみるまで分からないと思い、俺はさっそく要件を聞くことにした。
「とこれで石永さん。今日は俺になんの用があったの?」
俺がそう聞くと、石永はこちらを振り返り、左手にモテいたある物を見せながら、返事をしてきた。
「コレ、何だか分かる?」
「……」
俺はそれを見て、冷や汗が一筋流れた。
それは、一冊のノートだった。
普通の大学ノートで、誰が見ても、なんとも思わない物だ。
しかし、俺が見ることに限っては例外だ。
そう。このノートの正体を知っている俺にとっては…。
「し、知りません」
俺は彼女の問いかけに、そう答えるので精一杯だった。
「目、泳いでるけど?」
しかし、俺の明らかな挙動不審な態度に、彼女が少しおかしそうに突っ込んできた。
だって仕方がないのだ。あのノートには、俺の、俺のアレが詰まっているのだから…。
だから、俺は今すぐにでもそのノートを取り返したくてうずうずしていた。
しかし、そんな願いは空しくもあっさりと消滅した。
「このノート、すっごく面白い事が書いてるのよね~」
そう言って、彼女はパッと適当なページを開いて、音読を始めた。
「6月13日金曜日。
今日は、裏世界の支配者デビル=デーモンの使者と戦った。
奴らはかなり強敵だったが、この黒炎の堕天使の手にかかれば容易な相手だった。
しかし、これはすなわち近づきつつあると言うことだ。
世界の戦い。終焉のラグナロクが」
「…………………」
俺は、耳をふさぎたくなったのだが、しかしこの文章を認めたくなかったので、聞こえないフリをした。
「どう?面白いよね?」
「……」
「続きが気になるわね~」
そして、彼女はそう言って、にやにやとこちらの様子をうかがいながら、ページをめくった。
「6月1……」
そして、本当に続きを読みだしたとき、ついに俺は耐えられなくなってしまった。
「だあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」
俺はうずくまりながらそう叫んだ。
俺の虚しい叫び声が、オレンジに染まった空に響き渡る。
「わっ!びっくりしたー。どうしたの?そんな大きな声なんか出して」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
俺の叫び声を聞いた彼女は、わざとらしく驚いたふりをして、そう言ってきた。
俺は、肩で息をしながら精神を統一して、スーッと深呼吸を一度した。
そして、勢いよく立ち上がると、言葉を返しながら彼女の手にあるノート目掛けて飛びついた。
「どこで手に入れたあぁぁ!!!!」
しかし、俺の努力は空しく、彼女にひょいと避けてられた。
そして普通に会話を続けた。
「とある筋から入手した。とだけ」
「どこの闇ルートを使えば、俺の封印した黒歴史の産物を手に入れることができるんだよ!!」
俺は地面に手をついて立ち上がりながらそう突っ込んだ。
「それ以上のことはお伝え出来ない契約なので」
「くそが……」
俺はそう言いながら立ち上がると、彼女を睨みつけた。
「それで?そんな物を持ってきて、俺に何の要だ」
俺がそう言うと、彼女は「話が早くて助かるよ~」と言って俺の方を向くと、最初と同じ笑顔で要件を言った。
「単刀直入に、これをばらされたくなかった、私と付き合って」
「…………は?」
そして、俺は思わずまぬけな声を上げてしまった。
何故なら全く話を理解できなかったからだ。
「もう一度言ってくれ」
「だから、このノートを学校の人達にばらされたくなかったら、私と付き合ってって言ってるの」
さすがに二度言ってもらえば俺でも分かる。
こいつは今、俺に付き合えと要求しているのだ。
俺はその言葉の真意を探ることにした。
「意味は分かった。でも、どうして学校一の美少女と名高いあなたが、わざわざ何の変哲もない至って普通の俺なんかに告白を?」
俺の言葉を聞いた彼女は、少し考えてから返答をした。
「私がすっごくモテるのは鈴橋も知ってるよね?」
「あぁ、勿論」
自分でモテるなんて言っている奴なんてナルシストかと思うが、実際自分で言っていてもおかしいとは思わないほどモテている。
むしろ「私なんて全然モテてないよ~」とか言われた方が気持ちが悪い。
「それで、正直うんざりなの。毎日毎日告白三昧なのが」
「はぁ……」
俺には一生分かる事の無いような悩みに、俺は呆れ気味に返事をした。
「そこで、私は閃いたの。恋人ができれば回数がぐんと減るのでは、と」
確かに、彼氏持ちの女子に告白しようとする男は、よっぽどのナルシストなイケメンぐらいだろう。
「でも、それなら俺じゃなくてもいいのでは?例えばサッカー部のキャプテンの桜田先輩とか……」
「それじゃダメなの」
「はぁ……」
俺が代替案を出ると、彼女はきっぱりとダメだと言った。
そして、意味が分からないと言った顔をしている俺に、説明をしてくれた。
「普通に付き合うのも面倒なの。第一、恋人としての付き合いをしたくないから付き合わないわけだし」
「それは確かにそうかもだけど……」
「だから、無条件で私の偽の恋人役をしてくれる人が必要だったの」
「……」
彼女の言葉に、俺は徐々に納得し始めた。
「絶対に裏切ることが無くて、且つ普通のカップルみたいにデートをしなくていい人。必要最低限の昼食と登下校を共にするだけの人が」
「なるほど。だから、俺なら裏切ったら黒歴史をばらされるから、無条件で安全なわけだ」
「そう。ただの口約束に、絶対は存在しないから」
「なるほどな」
絶対に裏切らない人というのは、裏切ることでその人にも同等のリスクがかかっている人だからな。それ以外は、裏切る可能性がある。
「それで、ここまで説明してもう一度聞くね。この黒歴史をばらされたくなかったら、私の偽の恋人になって」
そう言いながら、彼女はノートをチラつかせる。
こんなの、従わない以外の選択肢を選べないじゃねぇかよ……。
俺は溜息をついて、渋々返事をした。
「分かりました。偽の恋人役になります」
「うん、ありがとう」
そう言って、綺麗な長い茶髪を風になびかせて、彼女は微笑んだ。
しかし、やっぱりこれだけの美少女の笑顔を見ても、全くときめかないのは、この状況のせいなのだろう。
「それじゃぁ、これからよろしくね」
「あぁ、分かったよ石永」
俺がそう言ってはぁと溜息をつこうとしたら、彼女「ムッ!」と言って怒った。
「な・ま・え!」
「え?名前?」
「偽でも恋人になるんだから名前で呼んでよ」
「マジで?」
彼女は、俺に衝撃的なことをいってきた。
今までほとんど関わってこなかった女子を、行きなり名前で呼ぶなんておかしいだろう。
だって、今までさん付けで呼んでたから、それを変えようとしたらまだ足りなかったって話だ。
俺がそんな感じで渋っていると、石永が少しせかすような口調で言ってきた。
「これがどうなってもいいのー?」
「クッ……」
彼女がノートをブラブラとさせてそう言ってくる。
まったく、卑怯ったらありゃしない。
しかしまぁ、アレをバラされるのはさすがにまずいので、ここは従うしかないようだ。
「はぁ…分かったよ。夢」
「うん。それでいいよ、千尋」
石…夢に名前で呼ばれるのは、少しむずがゆかったが、まぁこれ慣れなくてはいけない。
全ては俺の黒歴史の隠蔽のために。
こうして、俺と学校一の美少女との偽の恋人関係が、残念ながら始まってしまったのである。
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