【非公開】12月24日・クリスマスの部屋(1)

 クリスマスの日、皆が引きあげた後、君の家族はそれぞれ用事があると言って去り、リビングには僕と君だけが残され、僕は冬休みの課題をし、君はソファにもたれてタブレットを眺めていた。


 部屋に二人きりでいるのも、喋らずに二人でいるのも僕と君には珍しい事じゃなくなっていた。

 伸びをして「静かだねぇ」と言う君につられて僕も外を見ると、一度止んでいた雪がまた降っている事に気付いた。

 部屋は一分の隙も無く暖められていたから、雪の降るガラスサッシの向こうが別世界であるような錯覚を受けた。


 もう2、3カ月すると、リビングに寝椅子が持ち込まれ、君はほぼ常時横たわった状態になる。けれどこの頃はまだ、君はソファに座っていて、僕はソファの後ろでダイニングチェアに座っていた。


「ありがと 」


 不意の言葉に僕は驚いて君を見た。君も僕を振り返って「皆を集めてくれて」と、つけ加えた。

「何もしてないよ」と、謙遜でも何でも無く、事実として僕は首を振った。


 文芸部員でクリスマス会をしようと言い出したのは新篠だし、車売りさんたちに声をかけてくれたのは木花部長だと新篠から聞いていた。


「カサブランカさんたちも呼ぼうって、煌くんが言ってくれたんでしょ?」

 僕は再び首を振って否定した。

「“思った”だけだよ」


 確かに僕は、君を通じて小説サイトで交流するようになったカサブランカさん、車売りさん、丸麿さんの3人に声をかける事を考えていた。


 君の母親と話した後、君が誰かの役に立つ事を望んでいるなら、現に君が人の役に立っている事を何とかして実感してもらおうという結論に達した。


 大量の作品を読み、多くの作者と交流する君は、感想を公開する事で彼らの作品が他人に読まれる事に一役買っていたし、実際、君の近況報告や作品のコメント欄に礼を書き込む作者も多かった。


 それでも君が母親に、自分は人の役に立っていない、自分は生きる価値が無い、と言っていたなら、ネットの言葉では不十分なのだ、と思った。


 “直接会えば、彼らなら、君が彼らの役に立っている事を、僕より上手く伝えてくれるんじゃないか”


 そんな事を考えて、人付き合いに消極的な僕は、柄にもなく、車売りさんたちが利用している他のSNSにどんどん登録し、積極的に交流した。

  慣れない僕のぎこちない外交はいかにも不自然だったんだと思う。

 僕は、“郡”こと碓氷うすい先輩に「君と車売りさんたちを対面させたい」という狙いに気付かれ、強く注意を受けた。


「お前みたいなたまたま何の事故にも合ってこなかった奴が、文字だけで人を正しく測れるなんて思い上がりも甚だしい」

「お前は、実際どんな相手かも分からない奴らの前にお前だけじゃなく蛍まで晒そうとしてるんだぞ」

「そもそも何が目的で蛍たちの付合いに手を入れようとしてるんだ?ネットがリアルに劣るなんて幻想でしかない。気持ち良く交流出来ているなら、そのままで十分だろう」

「お前の価値観に合わせて他人の関係を変えようとするな。」


 僕は結局、何も言い返せず、何も出来なかった。


「私ね、礼華あやかさんにネットでやり取りしてる皆に会いたいかって聞かれた事があるの」

「あー」

 まず僕は、“アヤカって誰”と君に訊きかけ、口にする寸前で碓氷先輩の事だと気付き、言葉を止めた。

 君が碓氷先輩を礼華あやかとファーストネームで呼ぶ程親しく交流している事に驚いたのはその後だった。


 確かに碓氷先輩は君を蛍と呼び捨てにしていたが、それは先輩独特の基本的居丈高さからのものと納得していた。というか、碓氷先輩の対人態度はおよそ僕の常識からかけ離れて高圧的であるため、僕のような気弱で従順な後輩は、先輩の言う事全てを納得するしかなかった。

 さらに碓氷先輩は、正しくはあるものの親しみやすさの感じられない人物で、おおよそ歳下の女子からファーストネームで呼ばれるような人物像からかけ離れていた。そのため、僕は勝手に君と碓氷先輩はそれ程親しく交流していないものと決めつけていたのだ。


「そっか…」

 碓氷先輩の質問の内容が頭に入って来ると、僕が車売りさんたちへの接触を企てていた際に注意を受けた後、視線と口調から圧を抜いた先輩から受けた最後のダメ出しを思い出した。


“受け手の気持ちを無視したサプライズは迷惑でしかないぞ。”


 先輩は自分の言葉通り、サプライズに際して、受け手である君の気持ちをリサーチしたのだ。

 僕の無意味な相槌に肯いた君は、真面目な顔で推論を述べた。

「あれって、アンケートだったんじゃないかなって。今日の準備をするかどうかの」

 今度は僕が君の言葉に深くうなずく番だった。


 車売りさんたちに対面した時は、木花部長と新篠が盛り上がって突っ走り、木花部長に弱い碓氷先輩が黙認した、という構図を思い描いた僕だったが、碓氷先輩が提案主導し、ほぼ一人で車売りさんらへ接触しようとするのを木花部長と新篠が説得して加わった、という構図に書き換えた。

 あの碓氷先輩が自ら動くなら、人任せはあり得なかった。


 そして、碓氷先輩が動いた以上、聞かなくても質問に対する君の答えは分かり切っていた。


「…何て答えたの」

「”もちろん、会いたい”って 」

 分かり切っていた答えでも、心が震えた。


 この頃既に僕は、君が余命僅かな自分の事を無価値どころか有害と見なし、人との付合いに消極的だったという事を聞いていた。


 僕は、君は人を悲しませるだけの存在じゃないし、何があっても君と会えて良かったと思ってると伝え続け、それが伝わっているか自信が持てなかった。だからこそ車売りさんたちに頼ろうとしたのだ。

 けれど、そんな事をしなくても、君は君を肯定して、人と繋りを持とうとしていた。


 君は笑って、僕の右手を両手で取った。

 僕の気持ちは伝わっていたんだ、と胸がじわりと暖かくなった。

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