【非公開】12月24日・文字の向こうの人


 君の家で行われる文芸部のクリスマス会の日は12月にしては寒い日だった。


 約束どおり君の家に着くと、なんだか元気が無いこおりもとい碓氷うすい先輩が迎えてくれた。でも僕が“先輩、元気無いな”と思ったのは一瞬だけで、碓氷先輩は雪がちらつき出したのを見て、「なぜかこのあたりではクリスマス前後に雪がちらつく」、とか、「一昔前は今よりも強い六甲おろしが吹いていたらしい」、とか、やけに饒舌に語りだして、それはそれでいつもの先輩らしくなかった。


 先輩に伴われていつもどおり少し暑いくらいの温度で保たれた居間に入ると、咲耶もとい木花きはな部長と新城シンジョーが配膳をしていた。

 遅刻魔の新城が僕より先に着いているなんて物凄く不自然だった。第一、お茶やクッキーの皿に紛れてテーブルの上に置かれた君のタブレットも不自然だった。


 だから、木花部長の「さん、はい」の合図で皆がバースデーソングを歌い出し、君がHappy Birthdayと書かれたチョコレートプレートを載せたホールケーキを手に現れた時にすぐ気付いた。

 “皆、クリスマス会と言いながら僕の誕生日祝いを内緒で準備してくれていたんだ”、と。


 促されるままにケーキに立てられた小さいローソクを吹き消すと、君が少しはしゃいだ様子で「ね、こちら、どなたでしょうか!」と僕に訊いてきた。

 君の車椅子を押している男は偶然居合わせた訪問看護の人かな、くらいに思って特に気にしていなかった僕は、君に訊かれて初めて男をまじまじと見た。

 頬の福々しい、見るからに剽軽ひょうきんそうな男は、予想通りの明るい声で「7つの車を持つ男といえば〜?」と妙な振りをつけて僕に訊いてきた。

 反射で“知らねーよ”、と思いかけて僕の脳裏に“7つの車を持つ男”と書き込んだ文字面が浮かんだ。


「車売りさん?」僕の半信半疑の呟きに、男は「ピピピぴん、ぽ〜ん」とやっぱり変な振りで正解を告げた。

「私も驚いたんだけど」という君の言葉に廻りを見ると、微笑む木花部長と、なぜか得意気な新城と、いつもの仏頂面をした碓氷先輩がいた。


 木花部長がタブレットを操作すると、こちらも見知らぬ女の人と母子が映し出されてこちらに手を振っていた。

 カサブランカさんと丸麿さんだ、と思った瞬間に僕の目頭が熱くなった。


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