【非公開】9月10日 僕の告白から意味についての問答

 君がどれ程僕の事を心配してくれていたか。


 今なら分かる。でも、この時の僕は、まるで子どもが「将来のために勉強しなさい」とでも言われた時のように、“僕の気持ちも知らないで”と、何よりも大事なはずの君に対して、僕は、理不尽にも腹を立てた。


「こうしてるのが、僕の、“今できる大事な事”じゃないとでも?」

 責めるような口調で中途半端な言葉をぶつけた僕から目を逸らさず、君はいつも通り透明な瞳を向けて、きっぱりと言った。

「ありがとう。でも、私は、煌くんに、時間を無駄にして欲しくないの」

「…無駄だと思ってるのは、僕じゃなくて、そっちじゃないの」

 僕の、拗ねた子どものような幼稚な言葉に君は大きく頭を振った。


「それは違う…!そうじゃなくて…」

 怒りなのか、驚きなのか、とにかく初めて見る君の動揺した反応に僕も動揺して、それ以上何も言えなくなった。

 無言の時間が、やけに長く思えた。


「…私が病気だから、会いに来てくれてるの?」

 突然の質問に、僕は完全に虚を衝かれた。君が病気だから会いに来てる?それはどういう状況なんだろう、と思いながら、半ば反射的に否定の言葉を口にした。

「病気じゃなかったら、もっと遠慮なく会いに来てるよ」

 自分の口から出た言葉に僕が驚いた。

 “君ともっと一緒にいたい”

 自分がそんな事を考えていた事に、僕はこの時初めて気付いた。そして、君へのこの気持ちが、“人を好きになる”という事なのかもしれない、という事にも、迂闊ながらこの時初めて思い当たった。


 それなら、気持ちをぶつけようと僕は決めた。君の負担や迷惑を考えるなら、遠回りな議論をせず斬り込んで、振られるならさっさと振られてしまった方が明らかに良かった。君が僕から離れようとしている今、僕に守るべき物は何も無かったし、もはや友達じゃない奴なら君も、”もう会わない”と言いやすいだろう、と考えると、かえって落ち着いた。


「君が好きだ」

 言葉にすると、おかしな表現だけど、世界がぐるりと裏返った気がした。そうだ、僕は君が好きなんだ、と全身が叫んでいた。


 君の綴る、この上なく善良で、清浄で、厳しい物語に出会った時から、きっと。

 偶然出会って、言葉を交わすようになってから、もっと。

 目の前にいる君が、僕の世界で最も価値のある存在だった。その君が僕を見て、困った表情をしていた。

「…私、これ以上一緒にいても、煌くんを悲しませることしか出来ない」

「楽しませてもらおうなんて、思ってないよ」

 君がまだ呆然としていたから、言い足した。

「ただ、一緒にいたいんだ」

「でも、私は…」

 “もうすぐ死ぬから”。最後まで言わなくても分かったから、言い淀んだ君に、僕は言葉を被せた。

「そんな事、関係無い」

「そんな事なんかじゃ、ない!」

 そうか、君はそんな顔で怒るんだな、なんて思った。

「ごめん。小さい事だと思ってるんじゃなくて、僕が君を好きだって事に、君の病気は関係ないって事で…。先の事なんか、考える意味、無いと思ってるんだ」

「…すぐいなくなる人間を好きになるなんて、それこそ意味無い事、無い?煌くんの人生に、私、何の役にも立てないよ。私は、煌くんが将来、幸せになる事に時間を使って欲しい」

「それこそ、そんな先の事、本当に、どうでもいいよ。

 僕は将来役に立つ事だけしていけるほど合理的な人間じゃないし、僕がしたいと思う事をするのに、意味なんて無くて良い」

 僕は、僕が生きてる事に、そもそも意味なんて無いと思っていた。もっと言えば、この世界そのものが、究極、無意味だと思っていた。でも、無意味な僕の無意味な世界で、僕は君を見つけ、君をこの世界で最も価値あるものと信じた。それは今も変わってない。

「君が、好きです。これからも、会ってもらえませんか」

 もう一度言葉にすると、うっすらと全身の表面に熱が浮き上がるのを感じた。

「私は…」

 困った顔をしたままだった君は目を閉じて深呼吸をして、いつもの透明な表情に戻った。

 僕が尊敬して止まない君の澄んだ瞳が僕を見据えていた。



 

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