【非公開】9月10日 かぐや姫から、光陰矢の如しの問答

「かぐや姫って、ひどいお姫様だなって思わない?」

 月を見上げて、君は言った。

「自分の求婚者に無理難題吹っ掛けて断るから?」

 僕の質問に“うん”、とうなずいて、

「出来ない事、分かってて、さ」

 と、君は唇を尖らせた。


 自分の事でもないのに、求婚プロポーズへの断り方で怒るなんて、まるでかぐや姫の求婚者の友達みたいだな、と思うと可笑おかしかった。


「よっぽど、断るのに困ってたんだよ」

 と僕が言うと、

「ほんとに、こうくんはイイヒトだよね」

 と、君は僕を軽くにらんだ。


 君の言う“お人好しイイヒト”とは少し違うけれど、僕は君こそ、良い人だと思う。死の病を抱えて、誰に対しても親切に、ごく普通に明るく振舞うなんて、善人じゃないと出来ない。


 今が、タイミングかもしれない。そう思って、僕は思い切って踏み込んだ。

「そっちこそ。何か、無理してない?」

「無理?」

「いや…体調とか、色々…。

 読んでたら、なんとなく無理してないかなって。

 言いたい事とか、言えてる?」

「…」

 少し間を置いて、君は「煌くんはホント、読解力はあるよね」と笑った。


 それ以上踏み込めなくて、僕は月を見つめる君を見ていた。

 しばらくして、君はぽつりと言った。

「もう、会わない方が良いと思う」

 僕と君は、なんとなく会い続けている友人でも恋人でもない関係だった。

 “もう会わない”。

 いつ言われてもおかしくない言葉だったのに、僕は酷く動揺した。


 君の気持ちも知らないで、僕はこうして君と並んで他愛も無い話をしているのがなぜか自然に思えていて、これからもこんな日々が続くように錯覚していた。思い返しても、つくづく、自分の無神経さが嫌になる。


「どうしてそう思うか、聞いていい?」

 馬鹿な僕は、そう聞くのがやっとだった。

「私、もうすぐ退院なの」

「…おめでとう」

 反射的に返した言葉は、続く君の言葉ですぐに後悔した。

「治ったわけじゃなくて定期的に検査には来るんだけどね。取れる物は取り終わったし…。

 ここにお世話になるのは、いよいよ苦しくなった時だと思う」

 君が何気ない調子で教えてくれた病状に、すっと胸が冷たくなった。


 僕を気遣ってか、君は明るく言った。

「変な話、しちゃったね。ゴメン」

 君の病状を聞くのは初めて会った時以来で、気になるけど、僕から聞きにくい話だった。だから、即座に話を打ち切る君に僕は慌てて言った。明らかに、君は話を、僕を切りにかかっていた。

「変な話じゃないよ。大事な話だと思う」

「煌くん、このあたりに住んでるんでしょ?私、東の浜手だし。会いにくくなるなって」

「市内なんてどこに住んでようと、そんなに遠くないよ」

 僕達が住んでる蘆屋市は18平方キロメートルと小さく、山から海へ延びた細長い市だった。

 ちなみに、僕が西の山手にある市立病院の近くに住んでるなんて、出会った頃についた大嘘で、本当は僕は、通っている県立高校のあたり、山と浜の真ん中あたりに住んでいた。


「遠いよ。それに煌くんは、私といる事より、もっと、今できる大事なこと、した方が良いよ。

 “一寸の光陰こういん軽んずべからず”だよ、少年」

 君はいつも通り冗談めかして笑った。


 今なら分かる。

 これまで入退院を繰り返し、同世代の友人を亡くしてきた君と違って、自分も周りも、健康でいる事が当たり前だった僕は、この時、人の死がどんなに絶望的に身近にあるか分かってなかった。

 時間が、未来が。

 君にとって、どれ程貴重なものか、全然分かってなかった。

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