【非公開】12月24日の2か月前(1)

 クリスマスの2ヶ月前、君は、いつもと違う痛みがあるので久しぶりに市立病院へ行くと言った。検査入院してすぐ手術をする事が決まり、今から手術だ、と連絡があって以来、半月以上更新も連絡も無い日が続いた事があった。


“このまま会えなくなってもおかしくはなく、遅かれ早かれその日は来る。”


 僕はこの時始めてその事実と向き合った。

 僕が君の病から目を背けている間に、がんは、確実に時間の経過と共に君を蝕んでいた。

 そして、僕はやっと君の心配を理解した。


 君がいなくなる事に僕が耐えられるか。


 僕は一年に2回程度、意外と冷たいよな、と言われるような、どちらかというと乾いた物の考え方をする人間だった。だから正直、自分がこんなに君の不在に振り回されると思っていなかった。

 更新の連絡が無いのだから、更新が無い事は分かっているのに、君の作品の並ぶ画面をふと空いた時間に見ずにはいられなかった。そして、変わらない画面の文字を目でなぞりながら来る日も来る日も考えた。


 僕は君の為に何が出来るだろう、と。


 また会えたら、君を喜ばせる事をしよう。何でも良いから、君を笑わせよう。そう強く思った。ただ、もう一度、君の笑顔が見たかった。


 そんなある日、君の母親から僕に連絡があった。君は依然集中治療室にいるものの、体力が戻ってきていて、僕に会いたいと言っているという連絡だった。

 もう二度と会えないかもしれない、いや、そんなはずはないと、役にも立たない堂々巡りを繰り返していた僕は、絶対にこの世にいない神様にさえ感謝した。


 久しぶりに君に面会する日、夏にコンサートをしたエントランスホールで君の母親と待ち合わせをした。

 ガラス張りの壁から射し込む秋の日差しが、自転車で坂を駆け上がってきた僕をジリジリと焼いた。

 巻き毛を揺らして会釈した君の母親は会うなり「相変わらず細いわねぇ」と、僕の体格についての感想をピシャリと述べ、君のいる集中治療室に向かう間中、病院の食堂の日替わりランチに出された細うどんを使ったとしか思えない謎の和風パスタなどの他愛もない食べ物の噂話をし続けた。


 君はよく、そんな母親の自由な様子を見ては、ごめんね、と小声で僕に謝っていたけれど、僕は不思議と、君の母親の毒の無い失礼さが嫌ではなかった。


 念入りに手指を消毒をした後、集中治療室で久しぶりに顔を合わせた君はぞっとするほど痩せていた。けれど、表情はいつも以上に透き通っていて朗らかで、また一歩、違う世界に近付いているように僕には思え、ドキリとした。

「久しぶり」

 そう言って笑う君を見ると、まだ言葉を交わす事が出来る事への喜びで胸がいっぱいになった。

 泣いてはいけない、と思った。君を心配させないために。気持ち良くなってしまわないために。君と向き合って、君の姿を、しっかりと目に焼き付けるために。



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