【非公開】12月24日の2か月前(2)

 集中治療室で久しぶりに君に面会した数日後の休日、僕は初めて君の母親に送迎を申し出られ、車に乗って病院へ向かった。

 車が病院に向かう上り坂を登り切り、僕がうろこ雲の広がる秋の空をなんとなく眺めていると、君の母親はいつものように唐突な話題転換を行った。


「今までコーくんの事、若干邪魔だなーと思ってたのよね」

「は…い?」

 僕は普通に相槌を打ち掛け、さすがに聞き捨ててはいけないかと思い直し、疑問符を返した。

 「今ってさ」と言いながら君の母親は駐車場の入口で窓を少しだけ開け、駐車券を取った。

「私としては、全部捨てて確保した蛍との大切な大切な時間を過ごしてるわけよ。

「蛍と色んなとこに行って、美味しいもの食べて綺麗な景色見て、なんでも良いからとにかく蛍を喜ばせたいわけよ。

「それが、煌くんを毎日待ち受けて、蛍、取られて病院の食堂で不味まず…くはないか、意外と美味しいコーヒー飲みながら、煌くんの出待ちしてると、なんなのこれって正直、思ってたのね」

 君の母親が相槌を待つように間隔を空けながら話をするので、話が止まる度に僕は付かれた餅を返す人のように速やかに「はぁ…」と促した。自分への愚痴を止めどなく語られ、しかも反応を待たれるという状況にある自分が可笑しく、なんか笑えるな、と思った。


 気付くと車は駐車場に停まっていた。

 君の母親はハンドルを握ったまま前を向いていた。

「…でも蛍、最近変わってね」

「変わった?」

 思わず繰り返した僕の言葉に、君の母親は前を向いたまま頷いた。

「今まで私、蛍が何して欲しいか全然分かんなかったんだけど、今はなんとなく分かるのよ。

 …蛍を幸せに出来るのは、私じゃないんだなーって」

 それは違うと思った。だから、君の母親が言い終わるか終わらないかのうちに、僕は力を入れて言った。

「いえ、蛍さんは、ご家族に必要とされたいと思ってます」

 僕の言葉に君の母親は両目をぎゅっと閉じた。

「…あの子は小さい頃から、人に気を遣う子で。誰かのために何かを出来ない人生には意味が無いなんて馬鹿な事を、本気で思ってるの」

 そう言って君の母親は目をみはり、強く前方をにらんだ。僕の胸がキリリと痛んだ。

「あの子が産まれてくれた、それだけで私は十分なのに…」

 ”生きているだけで”とは言わない君の母親を、初めて君と似ていると思った。


「僕も蛍さんを全力で喜ばせます」

 暫くしてからどこか呆然とした目で僕を見た君の母親はふ、と表情を緩め、「頼んだわよ」と言って笑った。

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