41. 外れの森

 外れの森は混み合っていて歩きづらかった。生い茂る低木のために迂回しなければ進めない場所がいくつもあり、注意していなければすぐに自分たちが進んでいる方向が分からなくなってしまう。少年たちは頻繁に立ち止まって地図を確認し、慎重に森を進んでいった。

 地面の起伏が激しく、森に慣れているエルでさえすぐに息が上がった。最初こそ賑やかだったジャッキーとロビィもすぐに無言になり、代わりに荒い呼吸の音ばかりが目立つようになった。

 しばらくすると、一番後ろを歩いていたエルの隣にリンデが並んだ。彼女は息を切らせてはいたが、まだまだ元気そうだった。

「その服装、森を歩くのには向いてないね」

 エルの言葉に彼女は意外そうな顔をして、自分の体を見下ろした。

「そうでしょうか。ようやくスカートにも慣れてきましたし、結構快適ですよ」

 彼女はターコイズのスカートにくっついていた葉を払い落とし、それから小声になって言った。

「図書館でこの世界についての様々な知識を得ることができましたが、スカーのことについては神話以上の情報が一切ありませんでした。あれはたぶん、人工物だと思うのですが」

「人工物って、スカーが? あんな巨大な崖を、誰がどうやって作るっていうんだ」

「分かりません。ですが、自然にできた崖にしてはあまりにも均整が取れすぎています」

 へぇ、とエルは曖昧な相槌を打つことしかできなかった。気になる話ではあったが、ほとんど頭に入ってこない。それよりも今は、どうしても彼女に聞かなければならないことがあった。

「どうしてあいつを仲間に入れようとするんだ」

「……アルバートのことですか? さっきも言いましたが、図書館ではとても良くしてくださったんです。わたしの個人的な事情に巻き込むのは気が引けますが、きっと彼なら信頼が置けるだろうと、そう思ったんです」

「ほんの少し手伝っただけじゃないか」

 そう口にした直後、自分たちはアルバート以上にリンデの助けになっているのだろうか、と不安を覚えた。俺たちがしたことといえば、リンデを連れて意味もなく町中を歩き回り、キャッチボールをしただけじゃないか。

 いや、もしかするとアルバートの方がまだマシかもしれない。スカーの向こうへ行くという彼女に頼み込んでポッドに乗せてもらい、手伝うどころか彼女に負担をかけたのは誰だったか。

 リンデが苦笑いをこぼしたとき、エルはぎくりとした。いま考えていたことを、彼女に言われてしまうような気がしたのだ。だが、彼女が話したのは別のことだった。

「あなたにだけは告白します。このことは内緒にしてくださいね。――じつはあの人、わたしの昔の友達にそっくりなんです」

「……えっ?」

「顔だけじゃなくて、喋りかたや声もよく似ていて。それで、なんだかとても懐かしく思えてしまって」

「その友達ってのは……一万年前のってことだよな?」

 はい、とリンデは頷いた。

「わたしの唯一の友達でした。わたしは優秀ではありませんでしたから、皆さんに色々と迷惑をかけていて……そんなとき、いつもわたしを助けてくれたのがその人でした。それなのに――」

 そこから先の言葉は続かなかったが、その友達とあまり良くない別れかたをしたのだろうということは、彼女の寂しげな横顔から察することができた。そんな表情を目にしてしまうと、これ以上アルバートのことを追求することはできなかった。


 やがて前方の道が途切れ、崖が現れた。

 崖下までは二十メートルほどの高さがあり、下には人の手で切り取られたらしい岩の塊や抉られた斜面があった。かつてここで、採掘作業が行われていたようだ。フレディとロビィが恐る恐る下を覗きこみ、その高さに小さく悲鳴を上げていた。

「たぶん、今はこのあたりにいるはずだけど――」

 アイクが地図の一点を指し示した。そこからもう少し南下すれば、国道に出られるようだ。

「帰りはそっちを通ろうぜ。あんな森の中をまた戻るなんて、とてもじゃないけど無理だ」

 ジャッキーが心底嫌そうに言い、全員がそれに同意した。

 しばらくのあいだその場で休憩してから、彼らは崖に沿って進みはじめた。それから五分と経たないうちに、木々の陰に石柱が現れた。

「ねぇ、あれじゃない? きっとそうだよ!」

 興奮した口調で叫ぶと、ロビィが急に走り出した。

「危ないから走るなって。おい、ロビィ!」

 アイクがロビィを追いかけ、つられて他の面々も駆け出した。エルもあとに続こうとしたが、

「おい、ストーム」

 アルバートがエルを呼び止めた。

「なんだよ。今日は俺に絡まないって、さっき約束したばかりだろう」

 警戒するエルに、アルバートは言った。

「俺はお前が大嫌いだ。声を聞くだけで気分が悪くなるし、顔を見ると罵倒したくなる」

「よく知ってるよ。そんなこと、今さら言われるまでもない」

「……だけど、俺は間違えてた。俺が嫌いなのはお前であって、お前の家族は関係なかった。だから、一昨日の夜に言ったことは謝る。悪かったな」

「急になにを――もしかして、リンデに謝れって言われたのか」

「そうじゃない」

 アルバートは気まずそうに顔を逸らし、鼻の頭をこすった。

「さっきリンデと書庫で二人になったとき、俺はストーム家のことを悪く言ったんだ。お前の妹とも仲が良さそうだったから、たぶん怒るだろうなって思った。でもそうじゃなくて、急に笑いだしたんだ。それであいつは、『それは嘘です』って言ったんだ。自信たっぷりにな」

「……それで?」

 エルの態度が気に入らないのか、アルバートは細めた目でエルを睨んだ。そのまま話は終わるかに思えたが、小さく舌打ちをしてから彼は続けた。

「それがどうしても気になって、今までずっと考えてた。それで……ようやく分かった。お前の家族は関係なかった。俺はただ、どうしようもなくお前が嫌いなだけだったんだ、エル・ストーム。お前が気に食わない理由はいくらでも思いつく。いまここでそれを聞くか?」

「お前の話を聞いている暇なんてないよ」

 石柱のほうへ駆けていった仲間たちの姿はすでに見えなくなっていた。短く鼻を鳴らし、アルバートも奥へと向かっていった。

「……なんなんだよ」

エルは一人呟き、もやもやとして落ち着かない気持ちを吐き出すように息をついた。

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