42. 廃墟探索

「あれが……魔女の家なのか?」

 彼らは石柱の門の前に立ち、森の中に現れた広い屋敷を呆然と眺めた。

 母屋は古めかしい二階建てで、図書館よりもずっと大きい。かつてはクリーム色であったらしい壁面は黒くくすみ、びっしりと蔦に覆われている。たくさんある窓のほとんどが割れているか、ひびが入っていた。

 程度の差はあるが、そこにあるものはすべてが壊れてしまっていた。広い敷地を区切る石垣はばらばらに倒れていたし、前庭の花壇は崩れている。楕円形に石が並んで低くなっている場所はかつてビオトープとして使われていたのかもしれないが、今では水は溜まっておらず、壊れた椅子が無造作に転がっているだけだった。

 それほど広さはないが畑のような場所もあった。手入れをする者がいなくなってからは強い植物に場所を奪われてしまったようで、かろうじて残っている挿し木には棘のついた蔦がとぐろを巻いていた。

「絶対ここだよ。いかにも魔女が住んでそうだもん」

 小声でロビィが言った。

「たしかに、雰囲気はあるな」

 アイクが玄関へ近づいて行くのを見て、慌ててロビィが止めた。

「ちょ、ちょっとアイク。本当に中へ入るの?」

「当たり前だろう、ここまで来たんだ。でも、正面からは無理そうだな」

 玄関のドアノブは太いチェーンで固定されており、アイクが引っ張ってもビクともしなかった。彼らは中へ入れる場所を探すため、屋敷の壁に沿って歩きだした。

 窓はいくつもあったが、どれも黒いカーテンでぴったりと閉じられており、中を見ることができなかった。だが、西側にあった大きな出窓だけはカーテンにわずかな隙間ができていて、覗いてみると、暗い室内のなかは家具が散乱していた。自然に倒れたのではなく、誰かがソファやテーブルを力任せにひっくり返したような荒れ方だった。ここでなにかが起こったのは間違いなさそうだ。

 念のため窓を押し引きしてみたが、やはり錠が下りているようで開かない。窓さえ壊してしまえば入ることは容易だろうが、いくら廃墟とはいえ、強引なやり方は気が引けた。

「みんな、来てくれ!」

 ジャッキーの叫び声が聞こえた。近くにいたフレディと連れ立って屋敷の裏手へ回ると、すぐに大きな木が屋敷に倒れこんでいるのが目に入った。二階から一階にかけて壁が丸ごと破壊されており、露出している室内の奥まで木の先端が届いている。

「気をつけてください。天井が崩れるかもしれません」

 リンデの言うとおり、崩れた建材らしきものが室内のあちこちに散らばっている。最初は倒れた木の重みで天井の一部が崩れたのだろうが、そのあとは風雨にさらされることで脆くなり、徐々に崩落が進んでいるのだろう。いつ天井が落ちてきても不思議ではない。

「でも、ここからなら中へ入れるな。あそこにドアがある」

 アルバートが指差した部屋の奥に、古めかしいドアが見えた。リンデは家を見上げて考え込んでいたが、やがて頷いた。

「すぐに家が崩れるということはないでしょう。二階にさえ上がらなければ問題ないと思いますが……みなさん、いかがですか」

 ロビィだけが中へ入ることを嫌がった。危険が全くないとは言い切れないため無理強いはしたくない、とリンデはロビィを擁護したが、ジャッキーに「じゃあ、ここで俺たちが帰ってくるのを一人で待ってろよ」と脅されてしまい、嫌々ながらも従うこととなった。


 倒木の横を抜け、室内へと入った。

 野生の動物がここで雨風を凌いでいるのか、床にはところどころ小枝を寄せ集めた巣のようなものや、排泄物らしきものが散乱していた。幸いにも動物たちは留守にしているらしく、何事もなくドアまで辿り着くことができた。

 ドアの向こうもまた部屋になっていて、わずかに開いたカーテンの隙間から光が一条だけ部屋に差し込んでいる。どうやら先ほどエルが外から覗いていた部屋のようだったが、カーテンを開いてみると、闇の中に隠れていた部屋の惨状が露わになった。

 ソファやテーブルは外からも確認できたが、他にも様々な調度品が無残な姿で転がっていた。横倒しになった飾り棚のそばでいくつもの花瓶が粉々に割れていたり、文字盤が大きく歪んだ置時計がひっくり返っていたりと、まるで嵐が通りすぎたような有様だ。

「いったいなにがあったんだろう。普通はこんな状態のまま引っ越したりしないよね?」

 フレディが誰に問うでもなく呟いた。

「きっと、お化けの仕業だよ……お化けはニンジンと一緒くらい苦手なんだよぉ」

 頭を抱えるロビィの肩を、馬鹿なこと言うなよ、とジャッキーが軽く小突いた。だがそう言ったジャッキーも屋敷の雰囲気に飲まれているようで、いつもの軽快さは鳴りを潜めていた。

 このまま全員で固まっていては動きづらいということになり、二手に分かれることになった。短い話し合いの結果、アイク、フレディ、ロビィ、ジャッキーの四人と、エル、リンデ、アルバートの三人がそれぞれ別のドアを進むことになった。エルはアルバートと一緒に行きたくはなかったが、アルバートがリンデと行くと言い出したため、思わず彼もそちらに加わってしまったのだった。

 三人は暗い廊下を進み、順に部屋を回っていった。どの部屋も最初の部屋と同じく荒れ果てていた。図書館の時と同様、リンデが首筋に着けている六角形の機械が青く光ってくれていたおかげで探索はしやすかったが、目ぼしいものはなかなか見つからなかった。

 玄関に面した広いロビーへやってきたとき、リンデが床に落ちていた写真を見つけた。そこには、白衣を着た女性と幼い子供が並んで映っていた。背景はこの家の庭のようだったが、今の荒廃した姿からは想像もつかないほど綺麗に整備されている。一見ただの家族写真のようだったが、エルはその写真にかすかな違和感を覚えた。

「なんだか暗い写真だな」

 アルバートの言葉に、リンデが同意した。

「二人ともまったく表情がありません。まるでお葬式の後のような……」

 その直後、突然リンデの体が大きく傾いた。なにが起こったのかすぐには分からなかったが、下を見てみると、リンデの足が床にめり込んでいた。

「リンデ!」

 エルは慌ててリンデを支えようとした。だがその前に、アルバートが彼女の腕をつかんでいた。

「床が抜けたんだな。腐ってたのかも」

「ありがとうございます」

 リンデはアルバートに支えられながら、床から足を引き抜いた。

「怪我してないか」

「少し擦りむいたようですが、このくらいは問題ありません。わたしの体は頑丈ですから」

 そう言ってリンデが微笑むのを目にし、エルは黙ってその場を離れた。

 まだ調べていない部屋に入ると、帽子を被りなおそうとして頭に手を伸ばした。だが指先が髪に触れ、自分が帽子を被っていないことを思い出すと、そのまま髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。なぜだか無性に腹が立っていた。そんな自分をリンデたちに悟られたくなくて、エルは一人で部屋の中を調べはじめた。

 古びたカーテンを開けると、ひっくり返った幅広のテーブルや椅子、床に転がる数十冊の本など、おぼろげだった室内の様子が鮮明に浮かび上がる。壁際には大きな本棚が置かれていて、三分の二ほどが空白になっていた。なんとなく、奇妙な感じがした。それについて考えていると、リンデとアルバートが部屋に入ってきた。

「だめですよ、エル。一人で行動するのは危険です」

 リンデの小言を無視して、エルは言った。

「この部屋、なんか……おかしくないか?」

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