39. ランチタイム・ブルー
ソフィアの話によれば、アルバートと出会ったのは図書館の前だった。
馴れ馴れしく話しかけてくるアルバートに、ソフィアはいつも以上に警戒した。会話の流れで仕方なくアルバートをリンデに紹介してやったが、もしお姉さんにひどい言葉を浴びせようものなら間髪入れずに噛みついてやる、と身構えていた。油断なんてできるはずもない。先ほど、こいつの父親にリンデがいじめられたばかりなのだ。
そのため、二人が図書館に入ると聞いたアルバートが「一緒に行ってもいいか」と図々しく頼み込んできた時には、ソフィアはすぐさま反対した。なにか裏があるのは明らかだった。
だが、そんな彼女の制止も虚しく、なぜかリンデは二つ返事で了承してしまった。そうして彼女たちは、アルバートと一緒に午前を過ごすことになったのだった。
「アルバートがいてくれて、本当に助かりました」
リンデは母の作ったハムエッグバーガーにかぶりつきながら言う。
「書庫に入りたかったんですが、司書の方に断られてしまって。でもアルバートが説得してくれたおかげで、鍵を借りることができたんですよ」
「あれは説得っていうか、脅しだったけどね」
と、隣に座っているソフィアが補足する。
「仕事をサボってたってお父さんに言うぞぉ、ってね」
「へぇ、そんなことがあったんだ。意外だなぁ」
そう呟いて、フレディは離れたところに座っているアルバートを見やった。だが話題の少年は全く関心がないように遠くの方へ目を向け、黙々とバーガーを食べていた。
彼らは木陰に散らばって座り、エルの母が作ったハムエッグバーガーを食べていた。図書館にやってきた母は「こんなにいいお天気なんだから、外で食べるのも楽しいわよ」と言ってバスケットを置いていったらしいが、エルは少しも楽しくなかった。
「それだけじゃなく、書庫の中でも色々と手伝ってくれたんです。わたしが探している内容の本を集めてきてくれたり、文字がかすれている個所を一緒に解読してくれたり。本当にありがとうございました」
普段のアルバートのイメージとあまりにもかけ離れている。少年たちは驚きの表情でアルバートを眺めていた。
「別に、たいしたことじゃないよ」
そう返したアルバートに、ジャッキーがすかさず絡んでいく。
「うわっ、かっこいい……いつもとキャラ違いすぎじゃん」
アルバートはジャッキーを無視して、またバーガーを少しかじる。
バスケットの中には多めにバーガーが入っていた。おそらく大食いのロビィの分を母が考慮したのだろうが、そのせいでアルバートも母のバーガーにありつけることになってしまった。それがまた、エルには面白くない。
今まで、アルバートからは数々の嫌がらせを受けてきた。ツリーハウスの梯子を壊し、野球グローブを勝手にゴミ箱に捨て、母に対する暴言を吐いた。ついさっきも、エルたちが学校中の生徒から嫌われている(そのこと自体を真実ではあるが)などと言われたばかりだ。とても気を許すことなどできない。
ふと、ソフィアが食べかけのバーガーを持ったままエルの隣にやってきた。他の面々が話しているのを横目に見ながら、エルにだけ聞こえるように声を潜めた。
「いつもはすごく嫌な奴だけど、今日のアルバートはなんか違うよ。お姉さんと話している時も、なんだかずっとそわそわしててさ――もしかしたらあいつ、お姉さんのことが好きなのかも」
「好きって……さっき初めて話したばかりなんだ。そんなことあるかよ」
はぁ、とソフィアは大仰に肩を落とした。
「エルは全然分かってないんだから。そんなんじゃ、お姉さんを取られちゃうからね」
「な、なに言って――」
つい大声が出てしまい、みんなの視線がエルに集まった。ソフィアは呆れたように首を振り、残っていたバーガーを口に放り込んだ。
「どうしたの、エル? お代わりならもうないよ。僕が全部食べちゃったからね」
ロビィの的外れな発言のおかげで、なんとかその場をごまかすことができた。リンデを盗み見ると、彼女は真面目な顔でフレディとジャッキーに書庫で見つけた本の話をしているところだった。
食事が終わってしばらくすると、ソフィアがバスケットを抱えて立ち上がった。家に戻り、隣家に住むシェーンおばさんの家庭菜園の手伝いをするのだそうだ。
「お姉さんと別れるのは寂しいけど、シェーンおばさんとは先週から約束してたからね。お姉さん、粗野な男たちにはくれぐれも気をつけてくださいね」
ソフィアの発言を受けて、少年たちから次々とクレームが上がった。
「ちょっとソフィア、僕らをなんだと思ってるんだい?」
「エル、お前の教育がなってないんだよ!」
「粗野って野菜のことだっけ? それにしてもやっぱりエルのお母さんのバーガーは美味しかったなぁ」
それらを無視し、ソフィアはリンデに向き直って続ける。
「今夜もうちに泊まってくださるんですよね。それとも、アイクのところ?」
リンデはエルとアイクを見た。二人が頷くのを見て、
「あなたやお母さんのご迷惑でなければ、今夜もお邪魔してよろしいでしょうか」
「もちろん大歓迎です! それでは、また後ほど。アイク、お姉さんを頼むわよ」
「あぁ、分かってる」
苦笑いをこぼしながらアイクが答える。ソフィアも他の子供たち同様、アイクのことを大人以上に信頼していた。
バスケットを大きく振りながら歩いていくソフィアの後ろ姿が、なだらかにカーブするサイクリングロードの向こうへゆっくりと消えていった。
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