35. 消えた帽子とロビィの作戦
珈琲を飲み終えた彼らは、エルの自室で今後の行動について話し合った。
昨夜の探索のおかげで、スカーの向こうに重要な手掛かりがありそうだということが明らかになった。これ以上町の中を探しても意味はないのではないだろうか。だが、リンデはもう少し町を調べたいようだった。
「わたしはもう一度図書館へ行ってみようと思います。書庫の中に、気になる本もありましたから」
その時、勢いよくドアが開かれてソフィアが部屋に入ってきた。
「私もお姉さんと一緒に図書館に行きたい!」
「お前……盗み聞きしてたのかよ」
「そんなことするわけないでしょ。部屋の前を通ったら、たまたまお姉さんの声が聞こえたのよ」
疑わしかったが、仮にソフィアが二人の会話を盗み聞きしていたとしても、話の内容を理解することはできないだろう。
「ねぇいいでしょう。お姉さんの邪魔にならないようにしますから」
「ダメに決まってるだろう。遊びじゃないんだ」
だが、リンデは快諾してしまった。
「いいですよ、ソフィ。昨日約束したお散歩がてら、一緒に行きましょう」
ソフィアは喜びのあまり部屋中を飛び回り、着替えるために自室へと走っていった。
「いいのか? あいつがいると集中できないと思うけど」
「大丈夫ですよ。あなたが思っている以上に、ソフィアはしっかりした女の子です」
リンデとソフィアは図書館へと向かい、エルはアイクたちと合流して他に調べる場所がないか相談をしておくことになった。また、昨夜の出来事――スカーを越えたことや、グロテスクな敵に襲われたことなど――については、ひとまず黙っておくことに決めた。
ただでさえみんなは森を恐れているのに、そんな話を聞かされたらパニックになりかねない。それらは話すタイミングが来るまで、二人だけの秘密にしておくべきだった。
出掛ける直前、リンデがレインバケッツのユニフォームしか着るものを持っていないと知った母は、彼女を二階の自室へと連れて行った。しばらくして降りてきたリンデは、大きな襟のついた黄色いシャツにターコイズのスカートという格好に変身していた。スカートは腹部の辺りまで持ち上げられてベルトで留められているため、膝が大胆に露出している。
「このような服装は初めてです。やっぱり、似合いませんよね」
スカートを下に引っ張りながら、リンデが恥ずかしそうに聞く。昨夜の下着のような格好のほうがよっぽど恥ずかしいのではないかと思いながらも、
「似合っているよ」
と、素直な感想を述べた。本当によく似合っていて、エルは彼女の後ろで満足げに腕を組んでいる母の見立てに胸のうちで感謝した。
準備が整い、出掛ける直前になってから、エルはジョーの帽子がないことに気づいた。思い返してみると、今朝家に帰ってきた時にはすでに帽子を被っていなかった。どこかに置き忘れてきたのだろうか。リンデにそのことを話すと、スカーを越えるために二人でポッドに乗り込んだ時にはたしかに被っていたという。
「ジャイアント・セコイアのところかもしれませんね。スカーの向こうから戻ってきて、二人とも意識がぼんやりとしていたので……」
たしかにあの時は自分が目覚めているのか、眠っているのかもはっきりとしなかった。エルは寂しい頭を撫でつけながら、あとで探しに行こう、と漠然と考えていた。だが、先んじてリンデに釘を刺されてしまった。
「一人では森に行かないでください。昨日のことがきっかけで、森になんらかの変化が起こっている可能性があります。見知った場所であっても、安心はできません」
「……分かった」
「約束ですからね」
強く念を押されてしまうと、エルも諦めるしかなかった。
家を出て、三人はのんびりと通りを歩いていった。今日もいい天気だった。空には雲ひとつなく、晴れ渡った青色にはどっかりと太陽が居座っている。道が分かれるところまで来ると、彼らは手を振り合った。
「では後ほど、ツリーハウスで」
「あぁ、ソフィアを頼むよ」
エルがそう言うと、子供扱いしないでよね、とソフィアは頬を膨らませた。
リンデとソフィアが手を繋いで歩いていく姿を見送ってから、彼はツリーハウスへと向かっていった。
ツリーハウスにはすでにエル以外のメンバーが全員揃っていて、なにか話し合っているところだった。
「遅いぜ、エル! こっちはもう三十分も前から来てんだぞ」
ジャッキーが挨拶もなしに捲し立てた。
「悪い、ちょっと朝から立て込んでて。さっき、町長が家に来たんだ」
「町長が? もしかしてリンデのことがバレたのか」
「いや、それは大丈夫だ。母さんが上手くごまかしてくれた」
一同はほっと息をつく。サントークに住む子供なら、誰もが町長の粘着質な性格を熟知している。
「もしかしたらアイクのところにもなにか言ってくるかもしれない。その時は、上手くやっといてくれ」
アイクは思案するように顎に手を当てたまま、上目遣いに頷いた。
「あと、リンデは読みたい本があるとかで、ソフィアと一緒に図書館へ行ったよ。あとで合流することになってる」
それを聞いたロビィは、大袈裟に肩を落とした。
「なんだよぉ、せっかくいい案が浮かんだってのにさ」
「へぇ、どんな案なんだ?」
問いかけたエルに、ロビィは芝居がかった態度で不敵に笑った。
「うむ、聞いてくれたまえ。俺が思いついたんだけどね――」
「あれっ、帽子はどうしたんだ?」
ジャッキーがエルの頭を指差して言った。
「なんか変だと思ったら、帽子がないじゃん」
「あっ、本当だ。僕もいつもと違うなぁって思ってたんだよ」
フレディもジャッキーの話に乗ってくる。
「どこかに置き忘れたみたいでさ。まぁでも、すぐに見つかると思うよ」
「あぁそれなら……」
エルの言葉に反応して、アイクがこちらへ振り返った。アイクはエルが図書館から持ち出してきた黒い手帳を開いていて、先ほどから一人で読み耽っていた。
「……昨日グラウンドで別れた時には被ってたし、家にあるんじゃないか。あの後どこかへ出掛けたわけでもないんだろう?」
「まぁ、たぶんね。今朝はちょっとバタバタしてたから見落としただけで、ちゃんと探せば見つかると思う。だから、あんまり気にしないでくれ」
「そうだよ、そんなことはどうでもいいの!」
ロビィが勢いよく立ち上がった。あまり気にされすぎるのも面倒だが、どうでもいいと言われるのも少し寂しい。
「俺の計画を聞いてくれよ、エル。もう町に探すところなんてない。昨日やれるだけやったんだからね」
それについては異論がなかった。この町にある目ぼしい施設は数えるほどしかない。学校、図書館、ドラッグストアにガソリンスタンド。あとは野球場と公園くらいのものだ。
「そこで、だよ。探しに行くんじゃなくて、話を聞きに行けばいいんじゃないかと思うんだ」
「話を聞くって、誰に? リンデが探しているブレースっての知らないかって、町の人たち全員に聞いて回るつもりか」
「そうじゃない。バグに聞くんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます