33. 一日の終わり
「夢?」
「さっきそこで眠っていた時に夢を視たんだ。君が話している声が聞こえた。君は一万年前の人間で、今までずっと遠い宇宙で眠っていたって。とても……とても悲しそうな声で、俺に話してくれた」
話しているうちに、徐々に記憶が蘇ってきた。
「それだけじゃない。色々な風景が見えた。よく分からないものばかりだったけど……そう、大きな機械の塊のようなものが何度も出てきた。ものすごく大きくて、空に山が浮かんでいるみたいだった。地上も空もみんな燃えていて、たしか君はあの鉄の山をこう呼んでいた。セント――」
「――セントエルモ」
興奮気味に話すエルの声に、リンデの落ち着いた声が重なった。
「わたしも……たしかにわたしも、夢を視ていました」
リンデは彼のそばへ近づくと、そっと手を伸ばしてエルの側頭部に触れた。
「夢の共有、ブーザーズ・フォレスト、そして――アイシュワリヤ」
彼女は口の中でそうつぶやきながら、あたりに咲き誇るピンクの花弁たちを見まわした。
「エル。やはりあなたは、他の人たちとは少し違っているようです」
「どういうこと?」
「もちろん容姿や性格という意味ではなく、もっと根源的な――いいえ、憶測だけで断言することは危険ですね」
エルの頭から手を離すと、彼女は一歩後ろへさがった。
「不躾な質問になってしまったらすみません。エルのお父様がお家にいらっしゃらないようでしたが、まだご存命なのですか?」
突然の質問にエルの心は身構えた。
「とっくの昔に死んだよ。……いや、本当のところは分からない。七年前に仕事で家を出て、それっきり一度も連絡がない」
「そうですか。……あの、生前はどんなお仕事を?」
「たしか電気技師だったとか母さんが言ってたような気がするけど。それが一体なんだっていうんだ?」
自分でも分かっていながら、父親の話題になるとどうしても不機嫌な態度を取ってしまうことを止められなかった。リンデも当然、彼のそんな変化に気づいたようだった。
「すみません、余計なことを聞いてしまいました。少し気になったもので」
気まずい空気になってしまう前に、すかさずリンデが言葉を続ける。
「リドリオンについても、夢の中で話しましたよね?」
「たしか、人造粒子だって言ってた。意味は分からなかったけど」
「そうです、人造可変粒子リドリオン。簡単に言うと、人間が外宇宙からの侵略者であるウェパルと戦うために作り上げた新しいエネルギーのようなものなのですが」
リンデは森を見まわした。
「この森には、リドリオンが集まっています」
エネルギーが集まっている状態というものを上手く想像できなかったが、エルは、曖昧に相槌を打った。
「昨夜ここに降りた時、きっとこの世界にはリドリオンが偏在しているのだろうと考えました。だけど、そうではなかった。町では全くリドリオンを感知できませんでした。この森だけに集まっているんです。それも、信じられないくらい高濃度に」
「それって、なにかまずいの?」
リンデは開いた掌を胸の辺りまで持ち上げた。見えないなにかを下から支えているような格好だ。
「ここに漂っている『調整前』のリドリオンは、基本的には人体に無害なものです。ですが、あまりにも高濃度な環境に長時間いると、頭痛や吐き気、幻覚などを引き起こす場合があるんです。この森の濃度は、その基準を十分に越えています」
「えっと……つまり、どういうこと?」
「すみません、話が回りくどかったですね。わたしが伝えたかったことは、アイクたちが決して森に近づかないと言っていた原因がリドリオンにあるのではないか、ということです。頭が爆発するというのは大袈裟ですが、体になんらかの不調を感じるというのは事実でしょう」
「でも……俺は全然大丈夫だ。それに、君だってなんともないんだろう?」
「わたしはリドリオンとの親和性を高めるための訓練を積んでいます。ですが、あなたは――あなたが無理をしていないことは見ていて分かります。まぁ、ある程度は身体的相性もあるのかもしれませんが」
リンデはそう言い終えると短く息をつき、にっこりと微笑んだ。
「まぁ、分からないことを悩み続けていても仕方ありません! それに――」
彼女につられて、エルも視線を上げた。淡いグラデーションの空には薄い雲が浮かび、朝の予感を包んで流れている。それを眺めていると、思い出したようにあくびが出た。
「帰りましょうか。急いで戻れば、少しは眠れますよ」
二人はポッドに乗り込み、森の中を町へと戻っていった。シートの後ろに立っていたエルは、彼女の後頭部を目にしてふと思い出した。
「そういえばリンデ、頭の怪我はもういいのか。あんなに血が出ていたのに」
「大丈夫です。傷はもう塞がりましたし、あなたが眠っているあいだにポッドの中も綺麗にしておきました」
「でも、そんなに浅い傷には見えなかったけど」
「言ったでしょう? わたしの体はとても丈夫なんです。なんといっても、あなたたちより一万年も前の人間ですからね」
それが冗談なのか、本気なのかは分からなかった。だが彼女にそう言われると妙に納得してしまい、彼もそれ以上は聞かなかった。
ツリーハウスまで来ると彼女はエルをポッドから降ろし、遅れてリンデも外へ出てきた。まさか、ここにポッドを置いておくつもりだろうか。アイクたちがこれを見たらなんと言うだろうか、とエルが心配していると、ポッドがひとりでに動き出した。
ポッドはツリーハウスの近くにある比較的大きな木の枝に腕を伸ばすと、彼らが乗り込んでいた球形の空間以外の部分が液状化し、するすると木の上へ登っていった。そのまま枝葉の中に紛れてしまい、目を凝らしてみてもそこにポッドがあるとは分からなかった。
「ポッドを放置しておくのは危険かもしれませんから、念のため隠しておきましょう。ここならすぐに動かすこともできますし」
二人は欠伸を噛み殺しながら、サイクリングロードを町へと向かった。まもなく陽が昇るだろう。その前になんとしてでもベッドに潜り込みたいと、エルは心のうちでつぶやいた。
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