20. 手帳の正体

「なにそれ?」

 両手に一本ずつアイスの棒を握り締めているロビィが言う。まだまだ食べられます、という強い意思表示のようだ。

「書庫にあった手帳だね。持ってきちゃったんだ」

 フレディは呆れた表情と困った表情を混ぜたような顔をして手帳を覗き込む。表紙に飾られた「極秘・持ち出し厳禁」という文字は、陽の光の下で見ると妙にけばけばしかった。

「きっとこれには、なにか大事なことが書かれているはずだ。もしかすると、手掛かりが見つかるかもしれない。さぁ、開けるぞ」


 最初の「サントーク・タウンの秘密」という太字が並んでいるページはやはり評判が良く、少年たちはささやかな歓声をあげた。だが次のページを開くと、裏庭には気まずい空気が漂った。

「これって……」

「あぁ……アレだよな」

 そこには女性の裸体らしい落書きが描かれていた。体の線が異様に強調されている気味の悪い絵で、七歳の子供でももう少し上手く書けるだろうと思えるほどに下手だった。

 エルが慌てて別のページを開くと、絵と同様の不格好な字でびっしりと記述がなされていた。上部には見出しとして円で囲まれた大きなアルファベットがあり、下にはそのアルファベットから始まる名前が住所や性別と共に羅列されている。それだけならまだ救いもあったのだが、各行にはそれぞれメモ書きのように短いコメントが付いていた。

 コメントの例を挙げると、「胸が大きくてとびきりキュート」、「引き締まった尻を叩きたい」、「靴がとても良い匂い」。これらは女性に対する好意的な所感であり、男性や一部の女性に対する記述は趣がまったく異なっている。「魔女」などはまだまともなほうで、「酸素の無駄づかい」、「歩く公害」、「ゴミ箱から生まれたヤツ」など、読むに堪えないものも多々あった。そういった文言が、どのページにもびっしりと敷き詰められている。

「とんでもない秘密を見つけたな、エル」

 そんなふうにジャッキーにからかわれても、エルはすぐに言葉を返すことができなかった。

「ずいぶんと古い物のようだけど、ただの個人的な手帳だな。おそらく、あの司書の爺さんが何十年も前に書いたんだろう」

 アイクの言葉を聞いても、エルの気持ちは収まらなかった。

 彼は辛抱強くページを繰っていったが、書いてあるのはどれも筆者の偏見に満ちた記述と、住所などの個人情報だけだった。ふと彼は、肩が触れるほど近くにリンデがいることに気づいた。彼女が真剣な眼差しで文字を追っている姿を見て、エルはようやく手帳を閉じた。


「あの表紙を見たら誰でも重要なことが書いてあると思っちゃうよ」

 とフレディがエルを慰めたが、惨めな気分は深まっていくばかりだった。

「まぁ、はじめから上手くいくわけないさ。で、次はどうする?」

 アイクがそう切り出し、少年たちが次に向かう場所の検討を始めたところで、リンデがエルに体を寄せて小声で話しかけてきた。

「ありがとうございます、エル」

 彼女の優しい微笑みによって顔が紅潮するのを感じた。恥ずかしさで潰れてしまいそうな彼の苦しみを察したのか、リンデは続けた。

「手帳のことは残念でした。ですが、図書館に行けたことは大変な収穫です。ブレースの手掛かり以上の意味がありました。本当ですよ? だって、この世界を知ることもわたしの重要な使命なのですから」

 真っ直ぐに彼を見つめる彼女の目に嘘や同情はなかった。その青みがかった瞳は、高く澄んだ空のようだった。

「それならよかった」

 そう返すのが精一杯だったが、まだ他にもなにか言わなければならないような気がした。どうしようかと悩んでいるうちに、ロビィが彼の名前を呼んだ。

「ちょっとエル、聞いてる?」

 ふと顔を上げると、みんながエルを見ていた。

「いや、聞いてなかった。なんだっけ?」

「だから、学校のことだよ」

「学校?」

 ロビィの代わりに、フレディが会話を引き継いだ。

「色々なものが詰め込まれてる保管室があるでしょ。中には古いものもあったはずだから、とりあえず行ってみようって話なんだけど」

「あぁ……そうだな、いいんじゃないか」

「よしっ、じゃあ決まりだ」

 パラソルの陰から出ると、すぐにまた額に汗が滲みはじめた。だが、レインバケッツの青いユニフォームを着たリンデの背中はどこか涼しげで、エルは無性に野球がしたくなった。

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