19. ドラッグストアでの討論

 夏とアイスキャンディは、野球のボールとバットのように深く結びついている。

 エルとアイクは七本のアイスキャンディを抱えてドラッグストアを出た。人数よりも一本多いのは、仲間たちからの小言に耐えかねたジャッキーが、渋々ながらもロビィへの謝意を示したからだ。

 裏庭に回ると、大きなパラソルの下に置かれた丸テーブルにリンデ以外の三人が突っ伏していた。それぞれが好き勝手に夏に対して呪いの言葉を吐いていたが、アイスキャンディを食べ始めるとすっかり静かになった。朝から何度も感じたことだったが、今日の暑さは一際強烈だった。だが、そんな少年たちとは対照的にリンデは背筋をピンと伸ばし、真剣な表情でアイスに取り組んでいた。

 彼らが休んでいる裏庭の奥には木製の柵があり、その向こうには青い屋根の家があった。その家の庭で水を撒いている女性が、エルたちに向かって「暑いわねぇ」と呼びかけた。彼女がホースの口をこちらへ向けて高く掲げると、扇状に散った水の中にうっすらと虹が浮かび上がった。


 リンデはアイスキャンディを食べながら、何度も繰り返し美味しいと呟いていた。

「もしかして、初めて食べたの?」

 すでに二本目に取り掛かっているロビィは、すっかり機嫌が良くなっていた。

「これとよく似たものはわたしたちの世界にもありました。ですが、こんなに甘いのは食べたことがありません」

「甘くないキャンディなんて、意味ないな」

 食べ終わった棒を咥えながら、ジャッキーがつまらなそうにつぶやく。

「ねぇ、リンデのところにはどんな美味しいものがあるの。さすがに毎日ペーストばっかり食べるわけじゃないでしょ?」

 食べ物のことになると途端に口数の多くなるロビィがテーブルに身を乗り出した。

「そうですねぇ」

 リンデはしばらく考え込んだ。そのあいだに溶けたアイスの雫が二度テーブルに落ち、それを見たロビィが「もったいない!」と悲鳴を上げた。

「時折、骨格や身体機能の維持を目的として固形物を食べることもあります。ですが、やはりそれも美味しいとはいえません。固いパンのようなものなのですが、独特な味で……例えるなら、木のような風味といいますか……」

「木の味って、ちょっと想像つかないなぁ」

 フレディが苦い薬を口に含んだような顔でつぶやく。

「わたしたちの生活において、あくまでも食事は体を保つための手段にすぎないんです。美食を追求することも不可能ではありませんが、そういった行為は無駄で身勝手だと非難されるでしょうね。わたしたちの世界では、使える物資は限られていますから」

「なんだか寂しいなぁ。美味しいものが無駄だなんて」

「えぇ、わたしもそう思います。こうしてみなさんと甘いアイスを食べていると、とても――とても楽しいです。早くみんなにも食べさせてあげたい」

「みんなって、リンデの船にいるっていうものすごく沢山の人たちのこと?」

 すかさずフレディが問いかけた。

「そうです」

「じゃあその人たちも、そのうち来るの?」

「そうなると思います。そのために、わたしはこの星に降りてきましたから」

「ちょっと、それってさ——」

 ジャッキーが慌てて椅子から立ち上がった。

「それって、俺たちの町を侵略するってことじゃん!」


 裏庭は一瞬、静寂に包まれた。だが、どこか遠くからカケスの鳴き声が短く響いた後、堰を切ったようにみんなが一斉に喋り始めた。

「無理だよ、毎日ドロドロなペーストばかり食べさせられるなんて!」

「乱暴なことをするとは限らないし、その人たちが困ってるんなら助けてあげなきゃ!」

「きっと俺たちを皆殺しにして、町を乗っ取るつもりなんだ!」

「そんなわけないだろう! 彼女がそんなことをするヤツに見えるか?」

 好き勝手に騒ぐ少年たちを前にリンデは口を挟むことができず、彼らを見回して戸惑うばかりだった。ただ一人、アイクだけが冷静だった。彼が力強く叩いた手の音が、無益な論争を中断させた。

「気が済んだか。済んでなくても黙ってくれ。俺たちが言い争っても意味なんてないだろう。きちんとリンデが説明してくれる。――そうだろう?」

 胸に手を当てて、リンデは安堵したように息をついた。

「ありがとうございます、アイク。説明が足りず申し訳ありません。わたしたちは、かつてそうであったように、ふたたびこの星で暮らしたいと考えています。ですが、侵略するつもりはありませんし、船にいる三千八百万人の人々が急に押し寄せてくるということもありません。まずは双方の代表者で話し合いが行われることになるでしょう」

「その話し合いってのに、きみが探しているブレースってものが必要ってことか」

「はい、その認識で問題ありません」

「なるほど」

 アイクは少し間を置いてから続けた。

「もう少し具体的に教えてもらえないか。そのブレースってものがなんなのか。それ自体の特徴や形じゃなくて、一体何に使われるものなのかってことをさ」

「それは……」

 リンデはアイクから目を逸らし、テーブルに視線を落とした。言い淀んでいるのは誰の目にも明かだった。

「俺たちが子供だから言えないのか、それとも、言っても無駄だと思ってるとか?」

「決してみなさんを侮っているわけではありません。いずれ、必ずお話しします。でも、もう少しだけ情報を整理する時間をください」

 エルはかしこまった様子で頭を下げるリンデを見ていられなかった。

「やめてくれよ。リンデは悪いことをしているわけじゃないんだろう?」

 彼女はエルをじっと見つめ、頷いた。エルにはそれで十分だった。

「じゃあ、とりあえずこの話は終わりだ。みんなもそれでいいよな」

 エルの呼び掛けに誰も異議を唱えなかった。それじゃあ、と彼はズボンのポケットから黒い手帳を取り出した。

「次の議題はこれだ」

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