16. 閉ざされた書庫へ

 あてもなく館内を歩き回り、ふたたびカウンターの前までやってきた。老人は相変わらず同じ姿勢で座り続け、俯いたまま固まっている。

 ふとエルは、階段の下にドアがあることに気がついた。本棚の陰になっているため、今まで見落としていたのだ。近づいてみるとドア板に細かい細工が施されていて、ノブも凝った造りになっている。そしてなによりもエルの気を引いたのは、ドアの中央に「立入禁止」のプレートが貼られていることだった。

 エルはフレディを呼び、ドアの中に入ってみようと提案した。

「なにかありそうじゃないか? もしかしたら、リンデの探している『ブレース』ってやつの手掛かりがあるかも」

「でもここ……鍵が掛かってるみたいだよ」

 ノブを回しながら、フレディが安堵したように息をついた。臆病な性格のフレディはドアの錠前に感謝しているようだったが、エルはその程度で諦めるような少年ではなかった。

「カウンターに鍵があるはずだ。取ってくる」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなこと、勝手にしちゃまずいって。アイクに相談しないと」

 またか、とエルは辟易する。

「別に必要ないだろう。俺たちはあいつの子分じゃない」

「そうだけど、でも、やっぱりみんなで決めないとダメだよ。危ないかもしれないし」

 気に入らなかったが、エルはフレディと手分けをしてアイクを探すことにした。ロビィの顔に落書きをしているジャッキーを横目に見ながら図書館の中を歩き回ったが、アイクはどこにも見つからなかった。


 これだけ探して見つからないということは、館内にはいないのだろう。そう考えてエントランスのドアを開けたエルを、強烈な光と熱気が襲った。

 並木通りの向こうに立つ民家ではオーバーオールを着た白髪の男性が手押しの芝刈り機で庭を手入れしていて、しきりにタオルで額を拭っていた。その右手奥には柵で囲まれた小さな公園があったが、遊んでいる子供など一人もいない。諦めて図書館の中へ顔を引っ込めた、ちょうどその時。アイクを見つけた。

 街路樹の陰で誰かと話し込んでいるらしかったが、相手の姿は樹木の後ろに隠れてしまっていた。なんとなく、見てはいけないものを目撃してしまったような気がして目を逸らしかけたエルだったが、折り悪く相手の姿が幹の陰から現れた。それはエルが最も出会いたくない者であり、昨晩あの憎たらしい丸顔に盛大にソーダをぶちまけてやった、アルバート・ジェイムズだった。

 エルはそっとドアを閉めると、静かに大きく息を吸った。肺をカビ臭い空気でいっぱいにしてしまうと、彼は迷いのない足取りでカウンターへと向かった。スイングドアを押し開いて中へ入り、あっという間に鍵束を見つけ出した。エルが悠然とカウンターから出ていっても、管理人であるはずの老人は椅子の上で微動だにしなかった。


 戻ってきたエルが手に鍵束を持っているのを見たフレディは不満そうだった。

「いいだろう、別に。アイクが見つからないんだからさ」

「仕方ないなぁ……じゃあリンデにも声を掛けてくるから、ちょっと待ってて」

 気乗りしないながらも、フレディは足早に彼女を探しにいった。二人がやってきた時には、すでにエルは鍵を開けて待っていた。

 ドアの向こうは、予想していたよりもずっと広い部屋だった。天井はエルの自室と同じくらいの高さしかなかったが、ずいぶんと奥行きがあるようで、図書館の薄暗い明かりだけでは奥を見通すことができなかった。天井まで届く本棚が平行に何台も立ち並び、そのあいだに大人がなんとか通れるほどの狭い通路ができている。不思議と、館内よりも涼しかった。

 ドア横の壁に照明のスイッチらしきものがあったが、壊れているのか押しても反応がなかった。そのため、中に入ってドアを閉めると真っ暗になってしまい、自分の手元すら見えなくなってしまった。


「これじゃ調べられないよ」

 フレディが情けない声を出したが、声が聞こえるばかりで姿は全く見えなかった。と、唐突に青い明かりが灯った。最初、エルはリンデの身体が青く光っているのかと思った。

「なんで光ってるの?」

 そう問いかけるフレディの驚いた顔が、闇の中で青白く浮かび上がっていた。

 リンデは長い髪を束ね直してから、後ろ首に下げている六角形の箱を持ち上げて二人に示した。それは電球やオイルランプとも違う、不思議な青い光を放っていた。

「この機械――トランスレータには様々な機能があるんです。こうして発光させれば、暗闇でライトとしても使えます」

「へぇ、すごいね。僕はてっきり、宇宙で流行してるアクセサリーなのかと思ってた」

「装飾品ではありません。これはとても便利なんですよ」

「俺たちと話せるのも、その箱のおかげなんだろう?」

「えぇ、翻訳と発声の補助を行っています。ですが、この機能もあくまで副次的なものにすぎません。本来はポッドの制御や運用支援こそが主な目的なのですが――それより、先に進みましょうか」

 リンデは微笑みを添えて、話を切り上げてしまった。エルは続きを聞きたかったが、まずはここの探索を終えなければならない。司書の老人も、いつまでも眠っていてくれるわけではないだろう。


 三人は狭い通路を一列になって進んだ。左右に壁のようにそびえている書棚にはびっしりと本が詰まっていて、圧迫感で息が詰まりそうだった。

 リンデはここを書庫と呼んだ。貴重な資料や、傷んで壊れかけている大昔の文献などを保存するための部屋らしい。たしかに、見たこともない記号が背表紙に描かれているものや、そもそも背表紙自体が取れてしまっているものなど、図書館にある本とはずいぶんと雰囲気が違っている。興味があるのか、リンデは熱い眼差しで棚に並んだ本を眺めていた。

 そんな彼女とは対照的に、エルは次第に焦燥を覚え始めていた。一生掛けても読み切れないほどの本が詰まった棚が延々と続いていくだけで、めぼしいものは見当たらない。アイクに黙って侵入した以上、なにかしらの発見がなければ格好がつかなかった。

 そしてなによりも、外でこそこそとアルバートと会っているような奴と自分は違うということを、なんとしてもアイクに証明しなければならなかった。

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