12. リンデのはなし 1
二人が下へ降りると、少年たちは木陰に集まっていた。
さて、とアイクが話を切り出す。
「それじゃあ、話を聞かせてくれ」
「では、あらためて。わたしの名はリンデ・クルスといいます。年齢は十六歳。性別は女性です。昨夜、宇宙からこの世界へ下りてきました」
「宇宙って、空のもっと上にあるアレのこと?」
緊張した様子で質問したロビィに、彼女は頷いてみせる。
「そうです。あの空のずっと向こう――とてもとても遠いところに、わたしたちの基地があります。そこからきました」
「宇宙に人が住んでいるなんて聞いたことない。あそこは死者の国なんかよりずっと遠くて、人が生きられない場所なんだ。学校でそう習っただろう」
ジャッキーは彼女を疑っている様子で、あからさまに呆れた態度で言った。
「たしかに生身ではとても生きられません。ですがわたしたちの基地には、宇宙で生きていくための様々な設備が整っています。そこでわたしは、三千八百万人の同胞たちと共に暮らしていました」
「えっ? 三千人じゃなくて……三千万人?」
彼らは互いに視線を交した。サントークの住人はおよそ五百人。六十キロ離れた隣町のクレストでも二千人ほどしか住んでいない。三千万人などと言われても、上手く想像することができなかった。
「もしかして、昨日の夜に空を飛んでいった青い光。あれって、君と関係あるの?」
おそるおそる、フレディが尋ねた。
「それはたぶん、わたしが乗ってきたポッドのものですね。着陸前の減速や姿勢制御などの機構が駆動する際には、青い発光現象が伴いますので」
「よく分からないけど……ええと、君の言うポッドっていうのはなに?」
「簡単にいえば、宇宙船のことです。わたしは遠くの基地からそれに乗って宇宙を飛んできました。エルは昨晩見ましたよね。球の形をしたあの機械が、わたしの船です」
「船って、あの川を渡る船のこと?」
「はい。原理は全く違うものですが、そのように理解していただいて問題ありません。皆さんが湖や『海』を渡る時に使う船と同じように、宇宙を移動するための乗り物です」
「――海? いま、海って言ったのか!」
エルはリンデに詰め寄った。彼女はエルの勢いに戸惑いながらも頷いた。
「やっぱり海はあるんだ。あいつが言っていたのは本当だったんだ!」
興奮するエルを遠巻きに眺めながら、他の少年たちは顔を見合わせた。
「おい、エル。なにを一人で盛り上がってんだよ。海ってなんのことだ? 聞いたことのない言葉だけど」
今度はジャッキーに詰め寄って、エルは捲し立てるようにして言った。
「海っていうのは、スカーの先にある場所のことだ。それはとてつもなく大きな水たまりで、目に見える果てのさらに向こうまで、ずっと水に覆われているんだ」
「なに言ってんだ。そんなもんあるわけないだろう」
依然としてからかうような態度のジャッキーに反論しようとしたが、その前にアイクが会話に割って入ってきた。
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
アイクの表情はいつもと変わらない柔和なものだったが、その口調にはどこかエルを問い詰めるような棘があった。
「学校の授業じゃ、そんな話はしてなかったと思うけど。スカーの先には死者の国があって、死んだ人の魂は全てその国に行き着く。世界はそこで閉じていて、その先はない。そう習ったはずだ」
「そんなこと、アイクだって本気で信じているわけじゃないだろう」
「俺が信じているかどうかなんて今は関係ない。それ以上のことを知らないんだからな。――エルにそれを話した『あいつ』って、誰のことだ?」
膝を折り、肩を抱き寄せてくる男の姿がエルの脳裏に浮かび上がる。だが彼は、父のことを話題するのは避けたかった。
「別に、誰ってわけじゃない。たまたま、そんな話を聞いたことがあるだけだ。……そう、誰かは忘れたけど、大人から聞いたんだ。隣のシェーンおばさんだったかな」
アイクはそれ以上聞かなかったが、納得しているようには見えなかった。
「すみません。わたしからもお尋ねしたいのですが、みなさんはスカーを直接見たことがあるのですか?」
エルは森を歩き回っている時に何度もスカーを目にしていた。だが彼が口を開くより先にフレディが手を挙げたため、黙っていることにした。
「教科書にも載ってるから、写真でなら見たことあるよ。スカーは危ないから、街道はどれも離れたところに作られてるんだ。スカーを見物するための観光施設もあるらしいけど、なかなか――」
「俺は直接見たことあるよ」
ジャッキーはフレディの話が終わるのを待たず、強引に割って入った。律儀に手を挙げるフレディとは大違いだ。
「すぐ近くで見たけど、凄かったなぁ。下から風がビュンビュン上がってきて、吹き飛ばされるかと思った。まぁ食い意地しか能のないロビィくんは見たことないだろうけどね」
なんだとぉ、と叫びながらロビィはジャッキーに飛び掛かったが、簡単にかわされてしまった。
「やめろ、ジャッキー。ロビィも安い挑発に乗るなよ」
「でもぉ……」
その時、突然リンデが笑い出した。
「みなさん、とても仲が良いのですね」
なにがそんなに可笑しいのか、彼女は目に涙を浮かべて笑っていた。やがて笑いが収まると、大きく息をつく。
「では、話を進めてもよろしいでしょうか?」
みんなが頷くのを確認してから、彼女は続けた。
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