第2章 サントークの探検隊
10. 朝、いつもの食卓
外で元気よく鳴いている鳥の声に気づいて、エルは弾かれたように頭を起こした。
カーテンの隙間から落ちる光の帯。壁掛け時計を見ると、時刻は九時を回っていた。慌ててベッドから抜け出し、バスルームで顔を洗っていると、鏡に映っている自分があまりにも普段通りで、まるで昨夜のことが全て夢だったかのように思えてくる。
夜空を飛んでいった青い光。森で見つけた不思議な球体。ランプの灯りに照らされた彼女の寝顔。あれらは本当にあったことだろうか。
エルはしばらく鏡の中でぼんやりとしている自分を見つめていたが、やがて身震いするように小さく首を振り、寝癖を撫で付けながらリビングへ向かった。
「おはよう、エル。ゆっくり寝られたかしら」
「うん、おはよう。ちょっと寝過ぎたくらいだよ」
コーヒーの入ったカップに息を吹きかけている母に挨拶を返す。本当はすぐにでも家を出てツリーハウスへ向かいたかったが、なんとか平静さを保ちながら朝食に取り組み始めた。
「そうね、いつもより少しだけお寝坊さんかしら。でも、そんなこと気にしちゃダメよ、エル。子供はいっぱい寝て、たくさん夢を見なきゃね」
「そうかもね」
気の利いた返答もできず、エルは曖昧に頷くだけだった。頭がリンデのことでいっぱいになっていて、気が気でない。
そんな状態の彼でも、リビングに入ってからずっと投げつけられている強烈な視線には気づいていた。もちろん、そんな不躾な態度を取るのは妹のソフィア以外にいなかったが、エルは可能な限り彼女を視界に入れないように努めていた。
昨夜ソフィアから聞いた話によると、バスルームにいた母にもエルたちが言い争っている声が聞こえていたらしい。エルはどうしたの? と問う母にソフィアは、「一旦帰ってきたけど、間違ってロビィのお菓子を持って帰ってきちゃったから返しに行った」と説明したそうだ。
その話を聞いてエルは呆れた。あんな時間に、たかだかお菓子のためだけにロビィの家まで行くわけがない。ごまかすのが下手すぎるとエルがなじると、ソフィアは顔を真っ赤にして自室に飛び込んでいってしまった。
「ロビィは昨日何本ホットドッグを食べたのかしら? あの子ったら、会うたびに『今年のお祭りでは去年よりも沢山食べるんだぁ』って、そればかりだったのよ」
「七本くらいじゃないかな。新記録だね。きっと昨日はベッドの中で苦しんでたはずだよ」
「さすがロビィねぇ……」母は感心した様子で呟いた。「まさか、昨日エルが届けたお菓子もそのまま食べちゃったのかしら……」
エルがソフィアのほうへ視線を向けると、彼女は持っていたカップに口をつけてぐっと煽った。無防備な喉が大きく波打つ。
「まぁ、ロビィならありえるね」
「そうよねぇ」と母は息をついてから、エルに悪戯っぽい笑顔を向ける。食事を終えたエルが、ちょうど席を立ったところだった。「エルもあの子くらい食べてくれれば楽しいのだけど。もういいの?」
「うん、ごちそうさま。出掛けてくるよ」
「はい、いってらっしゃい、今日もいいお天気よ」
エルがリビングを出ようとしたところで、ふたたび母が声を掛ける。
「そうそう、昨日の青い光のことを警察の人たちが調べているらしいわ」
ドアに伸ばしかけた手を止めて、エルは振り返った。
「何を調べてるの?」
「原因とか……影響とか? 私も今朝、隣のシェーンおばさんから聞いただけだから詳しくは分からないわ」
ふいに不安がよぎる。昨夜、森を出た時のことを思い出す。遠くから聞こえてきた声は、状況を調べるためにやってきた警察のものだろう。たとえ大人であろうと森の中へ入ってくることはないため、ジャイアント・セコイアのところにある灰色の球体が見つかることはないはずだ。
だが彼女は、リンデと名乗った女の子は森の外にいるのだ。まだツリーハウスに留まっていてくれればいいが、彼女には足がついている。
「どうしたの?」
「……なんでもない。行ってくるよ」
エルは足早に玄関へと向かい、朝の陽光で溢れる外へと飛び出した。
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