7. 空からきた少女

 奇妙な少女だった。

 エルよりも背が高く、歳上のようだ。だが、白い頬に強調された小さな赤い唇が彼女を幼い子供のようにも見せている。右肩から胸に垂れる束ねた長髪は白と青が混ざった不思議な色をしていて、艶々としたビニールのような服が身体にぴったりと張り付いていた。

 小さな顎がゆっくりと持ち上がり、彼女は空を仰ぐ。ふいに、その横顔でなにかが動いた。それは音もなく瞳から溢れ出し、静かに流れていく。彼女は泣いていた。


「あ——」

 エルはつい声を上げてしまった。月明かりに照らされた彼女の姿が、あまりにもきれいだったからだ。少女は驚いた素振りも見せずにエルのほうへ顔を向けると、そっと微笑んだ。

「¥“@ん%#=。=ん@+¥+=$“っ$¥ら」

 彼女は手の甲で涙を拭いながら何か言葉のようなものを口にしたが、エルにはほとんど聞き取ることができなかった。音としては認識できるのだが、それを意味のある言葉として理解することができない。

「&#“@@#$、わ$#&+ん$“$==@#。=%$&?」

 エルの呆然とした表情を見つめながら、彼女は小さく首を傾げた。とにかくなにか話さなければと、エルは思いつくままに話し始めた。


「これ、きみの物? さっき飛んでたのってこれでしょ? どこから来たの?」

 彼女はエルの話を聞いて目を大きく見開くと、ふたたび球体の中へと入っていった。すぐに出てきた彼女は、左右に突起の付いた短い紐を手にしていた。

 紐の中間には小さな六角形の箱が付いている。その紐を首の後ろへ回すと、両耳の穴に紐の先端についている突起を挿入した。ちょうど首の後ろに六角形の箱がきていて、彼女が触れると箱はかすかに青く光り始める。

 エルが警戒して後ろへ下がると、彼女は慌てたように首を振った。右手の人差指を立て、懇願するような目でエルを見つめる。その仕草の意味が「もう一度お願いします」だということに気づいたエルは、先ほどと同じ質問を繰り返した。


「えっと……これって、きみの物? さっき飛んでたのってこれでしょ? どこから来たの?」

「ありがとうございます。——わたしの声、理解できますか?」

 少し発音がおかしかったが、今度は聞き取ることができた。

「分かる」

 彼女は頷いたエルに安堵の表情を見せた。

「まずはご挨拶を。わたしはリンデです、リンデ・クルス。はじめまして。あなたは?」

「俺はエル。エル・ストーム」

「エル・ストーム……ストーム……エル・ストーム……」

 リンデはエルの顔をじっと見つめ、噛みしめるようにエルの名を何度も繰り返してから話を先へ進めた。


「これはわたしの、とても大事なものです。他の質問は……あの、先に色々聞かせてもらっても良いですか」

「なに?」

「ここはどこでしょうか」

「ブーザーズ・フォレストだ。町の外れにある、大きな森だよ」

 周囲をぐるりと見まわしてから、彼女は花畑のほうへ歩き出した。花畑を通りすぎたところで立ち止まると、振り返ってアイシュワリヤの花やジャイアント・セコイアを見つめる。

「リドリオンが――この異常な濃度――」

 小さな声で彼女はなにか呟いたが、エルにはほとんど聞き取ることができなかった。


「なに? なんて言ったんだ」

「いえ、なんでもありません。ちょっと考えごとをしていました」

「……じゃあ、そろそろ俺の質問にも答えてくれ。きみはどこから来たんだ?」

 リンデは微笑むと、顔の横で人差し指を立てた。エルは彼女の細い指の先を見上げた。そこにはパン屑をばら撒いたような、無数の光が瞬く夜空があるだけだ。

「そら……?」

 エルの呟きに、リンデは頷いた。

「でも、あそこはものすごく高いんだ。人間がどれだけ高い建物を作っても、決して辿り着けないって聞いたことがある」

「はい。とても――とても遠い場所です。わたしはこのポッドに乗って、あそこから降りてきました」

 そう言って、リンデは灰色の球体にそっと触れる。もう微笑んではいなかった。その柔らかな仕草や、月の光に照らされた彼女の白い横顔を見ていると——エルはなにも言えなくなってしまった。


 ふいに、リンデが声の調子を落として言った。

「どこかに休める場所はありませんか? まだ体の具合があまり良くなくて」

 彼女は笑顔を作ったが、そう言われてみると、表情はどこか弱々しく感じられる。

「ここから近い場所だと、そうだな……」

 エルがふさわしい場所を考えていると、リンデが付け加えた。

「できればこの森を出てから休みたいのですが」

「――少し歩くけど大丈夫?」

「走らなければ問題はないと思います」

「分かった。ついてきて」

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