6. 灰色の球体

 向かうべき場所はひとつしか思いつかなかった。

 サントークの住人が忌避する森、ブーザーズ・フォレストだ。たしかに方角は合っているが、もっと遠く、スカーの奥まで行ってしまったかもしれない。だがもしスカーを越えていなければ、きっと森へ落ちたはずだ。彼はそう考え、半ば祈るような気持ちで町を走った。


 ほとんどの住民が球場に集まっているため、通りの左右に立ち並ぶ家にはほとんど明かりが灯っていなかった。広い庭を持つ家々が連なる通りを抜け、町役場や警察署のある大通りに出たところでエルは足を止めた。

 警察署の前で数人の警官が熱心に話し込んでいた。三階の窓からは署長のボブ・ランディが大きな丸顔を突き出して、不安げに遠くを見つめている。彼らに気づかれるのは避けたかった。大人たちは夜に子供が一人で外に出ることは罪だと考えているため、いま見つかれば面倒なことになるだろう。

 エルはタイミングを図ってバーガーショップの看板の裏まで移動し、次はトラックの後ろに、郵便ポストの陰に、と少しずつ道を渡った。ようやく警察署の死角になるところまでくると、すぐにまた走り出した。


 道すがら、薄暗い河原で釣りをしている老人を見かけたり、ゴミ箱を漁っている野良犬に吠えられたりしたが、足を止めることなくサイクリングロードまでやってきた。

 夜の森は暗かったが、上空に浮かぶ明るい月のおかげで視界はそこまで悪くなかった。張り出した根に足を取られないよう注意しながら木々の間を抜けていく。下生えや地面の凹凸に何度も転びそうになりながらも、エルはひたすらに進んでいった。ようやく枝葉の覆いを抜けて月の下に出ると、エルは立ち止まった。


 一面に広がったアイシュワリヤの花々は月明かりを受けて白く輝き、柔らかな風に音もなく揺れていた。ピンクの花弁がいじらしく左右に首を傾げる姿は、ぽっかりと浮かぶ丸い月に向かって、はにかみながら小さく手を振っているかのようだ。その奥に並んだジャイアント・セコイアは夜を穿たんとばかりに屹立し、大地と空を繋ぎ止めていた。

 エルは正面に立っているジャイアント・セコイアに目をやった。根元に灰色の丸い球体が転がっている。目を凝らしてみるとそれはただ転がっているのではなく、木の幹にめり込んでいるようだ。


 大きく息をついて帽子のつばを直すと、エルは球体へと近づいていった。半分ほど距離を詰めたところで、ジャイアント・セコイアの右手の地面が抉られて半円形の溝ができていることに気づいた。その溝は球体から真っ直ぐに森の中へと続いていて、薙ぎ倒されたらしい木々が左右に数本横たわっている。間違いない、とエルは確信した。これがあの青い光の正体だ。

 直径は三メートルほどだろうか。表面には奇妙な凹凸があって、これがただの石ではないことを明らかだ。球体から二メートルほどの距離まで近づいた時、ふいに球体から奇妙な音が発せられた。甲高く断続的に鳴り響くそれはケトルの中で水が沸騰している音に似ていたが、お湯の変わりに恐ろしい何かが噴き出してきそうな予感がして、エルは一歩後ろへ下がった。


 すると、球体の表面に変化が現れた。

 灰色の球体はぼんやりと光り始め、岩のように頑なに見えた表面が大きく波打った。光が消えてしまうと球体の一部に長方形の切れ込みが浮かび上がり、上部からゆっくりと開いていく。そのまま地面まで到達して階段状になると、ふたたび球体は沈黙してしまった。

 エルは慎重な足取りで開いた穴のほうへ近づいていった。だがなかなか覚悟が決まらず、中を覗き込むことができなかった。代わりに彼はそっと手を伸ばし、おそるおそる球体の表面に触れてみた。ほのかに暖かく、見た目ほど硬くはない。

 彼がその不思議な感触に気を取られていた、その時だった。球体に触れている自分の手を見つめていた彼の視界の端を、ふと何かがよぎった。最初は見間違いかと思ったが、そうではなかった。

 そこには女の子が一人、立っていた。

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