ニ しつけ
小さな頃から、母さんはしつけに厳しかった。
過保護……いや、過干渉というやつだろうか?
あれをしてはダメ、これをしてはダメと、母さんはわたしを常に監視し、何にでもうるさく口を出してきた。
最近の言い方でいえば、いわゆる〝毒親〟だ。
その毒親ぶりは、わたしが高校生の時に父が不況でリストラされた挙句、精神を病んで自殺してからはますますひどくなった。
家での過ごし方や進路はもちろんのこと、遊ぶ友達や趣味にいたるまですべてを決められ、わたしは母さんの愛玩人形と化した。
当然、門限も厳しく、友達とどこかへ遊びに行く際も、毎回、その場所が遊ぶ場として相応しいのかどうか? 母さんの許可が必要だった。
一番辛かったのは、それまで親しくしていた友達がヒップホップ好きだと知ると、そんな人間と付き合っていては不良になるからと交友関係を一切禁じられたことだ。
そうしてわたしは学校でも孤立し、いつしかわたしの生きる場所は、住んでいる家の中と、母さんの目が届く範囲だけの狭い世界へと変貌してしまった。
だが、そんな生きながらに死んでいるようなわたしの人生にも、劇的な変化の起きる時がきた。
一応、有名な難関大学へと入学し、それまで付き合うことのなかった類の人々とも出会い、自由な考え方や論理的思考に触れることで、わたしの中に〝自立する〟という意識が芽生え始めた。
子供は別に親の言いなりにならなくたっていい。人間は自分の頭で考え、自分の思うように生きるべきなのだ……と。
だから、わたしは強い決意を固めると母さんに別れを告げ、家を出て一人暮らしを始めた。
そして、わたしはようやく人並みな自由と幸せを手に入れることができたのである。
しかし、これで母さんの支配から逃れられると思っていたわたしは、まだまだ幼稚で、考えが甘かった……。
もう二度と母さんに会うことはあるまい…とまでの覚悟を持って家を出たのに、わたしは時を置かずして、再び母さんの呪縛に苛まれることとなった。
どこへ行っても、何をしていても、ふと気づけば少し離れた場所に母さんがいて、じっと、わたしのことを監視しているのである。
一人暮らししているマンションの部屋にいる時だってそうだ。
さすがに部屋の中にまでは入ってこないが、カーテンを開けて窓から外を見ると、マンションの前の道に立ってこちらを見上げていたり、ドアの覗き穴からそっと覗うと、そこには大写しに母さんの顔があるなんてこともざらにあったりなんかする。
なんだか怖いし、なるべくならもう付き合いたくはないので、だいたいの場合は無視するようにしているが、いい加減、頭にきて文句の一つでも言ってやろうと近づいて行くと、さっとどこかへその度に姿を眩ませてしまう。
わたしが気づいていないとでも思っているのだろうか? ……いや違う。そうやって監視している自分の姿を見せつけて、無言の圧力を加えているのだ。
家を出る際にけっこう激しくやり合ったので、その仕返しのための嫌がらせでもあるのだろう。
その後、大学を無事卒業し、大手商社に就職してからもそんな状況が変わることはなく、職場で出会った彼との結婚が目の前にちらついてきた今でも、母さんの監視はなおも続いている――。
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