母さんとの暮らし

平中なごん

一 デート

「――なかなかいいお店だったね」


 静かで大人の雰囲気が漂う薄暗い照明の店内、テーブルを挟んで腰掛ける彼が口元をナプキンで拭いてからそう声をかける。


「ええ、そうね。パスタも美味しかったし」


 わたしも料理のなくなった、ソースだけが残るお皿を前に満足げな微笑みを湛えてそう答えた。


 それなりに有名なイタリアンのお店での彼とのデート。評判に違わず、どれもすごく美味しい料理だった。


 もう彼ともけっこう長いし、プロポーズもそろそろかなあ…なんて、内心、期待していたりもしたのだが、残念ながらそれはなかった。


 でもまあ、美味しいイタリアンが食べられたし、お楽しみはまた次の機会ということにしておこう。


 期待通りではなかったまでもそんな感じで、わたしは今日のデートに充分満足していた……その時までは。


「さて。デザートは何にする?」


「うーんと、そうねえ……っ!?」


 尋ねる彼に、考えながら答えようとしたその瞬間、わたしの目は彼の頭越しに嫌なものを見つけてしまった。


 ……どうして……どうしてここにいるの?


 彼の背後、少し離れた場所にある一番奥のテーブル……そこに、母さんがいたのだ。


 いつの間にかそこのテーブルの椅子に腰掛けて、じっと、睨むようにこちらを覗っている。


 もちろん、このお店へは彼と二人だけで入ったし、今日、彼とデートする話自体、母さんにはしていない……なのに、なんでここにいるとわかったのだろう?


 まただ……こうして母さんがこっそりデートについてくることは、今に始まったことではない。


 彼のことが気に食わず、いつものようにそうやって、わたし達を近くから監視しているのである。


 どうせ評判のイタリアンになんかに連れてくる男は遊び慣れてるから、そんな浮ついた男とはよした方がいいとかなんとか言うつもりなんだろう。


 ……いつもだ。いつもそうやって、母さんはわたしの人生を邪魔しようとするんだ。


「――ねえ? どうしたの? 気分でも悪いの?」


 きっとわたしがものすごい形相をしていたのだろう。気がつけば、彼が怪訝な表情を浮かべて、心配そうにそう問いかけている。


「う、うん。ちょっと食べすぎたみたい……デザートはいいから、今日はもう帰りましょう?」


 わたしは咄嗟に出まかせを言って誤魔化すと、今日のデートはお開きにすることにした――。

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