兄妹の想い出

 私には兄妹が居る、当たり前の様に存在している。

今回は兄妹が居る私の思った事を書いてみます、兄妹が

居ない方はそういうものなのかと温かい目で読んでくれると

幸いです。

 

 私には姉と妹がいる産み親は記憶が無いくらいに癌で亡くなった。

なので当時まだ幼稚園にも行けないくらいで三人とも小さくて

父親は仕方なく私達を施設に預けるしか無かった。


 そんな境遇もあり兄妹は仲が良かった、でも小学校になると

妹がおやつを一人で食べて時には怒ったりして姉とは口喧嘩もした

姉は蝉が苦手で見るだけで走って逃げるくらい嫌いで私はそれをみて

笑ってた、幼稚園も途中から入ったので慣れない時もあった。


 小学生の頃に再婚した母親にも連れ子がいて歳は一番上になるので

血のつらがない姉が一人加わり四人兄妹になった。

一番上の姉とは喧嘩をした事は無い、離れすぎて怒られることはあった

けど内容は勉強の事くらいなので本気での言い争いは無かった。


 それぞれ思う所はあったと思う、それでも兄妹らしいことは

そこは子供だったので慣れてくるのである。

私は一人だけ男の子だったので家にある本は自然と少女漫画を

読む事になった、ドラゴンボールはテレビでたまに見れる程度

父親が見たい物が優先なのでみたくも無い野球を見てても

ルールがわからないのでその時は兄妹部屋に行って一人で遊んで

過ごしていた。


 夏にはおばあちゃんの家に行く、福島県の会津若松市なので

当時埼玉県に住んでいたので長旅だった、おばあちゃんの家の裏には

小学校があって夜になるとクワガタ虫とかを取りに行った

勿論女子には興味のないのは言うまでも無い、従兄弟と取りに行った。


 周りには電灯が無いので初めて天の川を見た時星の川だ!

と今でも忘れることは無いくらい綺麗だった。

その時は兄妹みんなで星空を堪能した。


 少しずつ大きくなる内に話す内容も変わってくる、何かあれば

兄妹で聞いてみたりした、居るのが当たり前だからそこは一人だと

出来ないことになる、なんでも一緒にするからお互いをよくみれる

兄妹でも考え方や好みも違うからそれも今思えば違うんだと思っていた。


 特に男は私だけだから男の話は特になく今で言う女子トークを

はたから聞いていたバレンタインのチョコを作っていたりそんなのを

見て、同級生の女子もこんな感じなのかと裏舞台を目撃した感じだった。


 妹は甘えん坊で母親のそばにいつもくっついていた、私は友達の

家で家に無いファミコンをやりに行って遊んでた、お小遣いは無い

母親は欲しい物があれば言いなさいと言ったがファミコンは却下された。


 初めて家出をしたのは幼稚園に入る前に裸足で家を出て家の近くの

駅の直ぐそばの開かずの踏切の前に立っていた、その時当時の

サラリーマンの大人に裸足を見られてなんだこの子供はと不思議そうに

見られたのを今でも覚えている、夕方になって来て仕方なく家に帰った

時間は夜の八時だったのを覚えてる、怒られると思ったのだが母親は怒る

どころか、どこに行ってたの?と言ったので私は外に出てみたと

応えた、そのまま夜ご飯になった、私としたら拍子抜けだった。


 今思い出すとその頃はまだ兄妹は揃っていなかった、いつも

一人にされてたので何かのアピールだと今は思う。

兄妹は居るのに幼稚園の前は一人だった理由は聞いてない。


 幼稚園に入る頃に兄妹が揃ったのでそれからは妹を連れて

少し大きい公園で遊んでた、自由奔放にしてたので暗くなっても

遊んでたら父親が迎えに来た、ほとんど話さない父親だったので

びっくりしたのと何故か嬉しかった。


 夏休みの時に毎年おばあちゃんの家に行く、近くに猪苗代湖に

よく行った人生で初めて溺れた声は叫ぶことも出来ず必死になって

いたのを姉が遊んでいると勘違いして近寄って来たのでしがみついた

二人とも一緒に溺れた、声に出せないけどかなりやばいと思った

それをやっと気がついた父親は走って来て二人を両脇に抱えて

なんとか助かった、姉が来てなかったらどうなっていたのやら。


 私は中学を卒業して直ぐに仕事をした、最初は父親の手伝いをして

いたが直ぐに東京の東久留米に一人暮らしで父親がお願いした

クロス職人の仕事をしたが三ヶ月給料は貰って無い、

その代わり朝ごはんと昼ごはんと夜ご飯を一緒に食べていたが

まだ十五の私は何も出来ず、掃除と水汲みと休憩の飲み物を買いに行く

親方は乱暴でミスをすると私を蹴ったり、頭を叩いた、三ヶ月で

私は根を上げた歩く事は許されなかったので休憩の飲み物をマンションの

五階から走って買いに行く、これが私の初めての仕事だった。


 弱音は言わない家に帰っても一人だったから、友達もいない

見知らぬ土地に慣れ無かった、その間に両親は離婚した、

母親が好きだったけど父親の方に戸籍はなった、また家族が

バラバラになった、妹は高校生になって一度家に戻ったが

そこはもう家を出る前の貸家ではなく狭いアパートだった

父親は仕事をして帰って来ると私をタダ飯食らいと言って

早く出て行けと言ったのでちょうど友人から一緒に仕事しないかと

言われたので直ぐに了承した、また一人で家を出て行った。


 それからはもう家に帰る事は無くなった、友人は直ぐに

ホームシックになり、半年ももたなかった黙って家に帰った

また一人暮らしが始まった、そこは給料をくれたので私は

必死になって仕事をしていた、私は兄妹と一緒に過ごしたのは

幼稚園から中学生までだった正確には家族生活がである。


 そんな中、妹と姉が私のアパートに遊びに来た、部屋を片付けてくれた

一日だったが久しぶりで嬉しかった元気な姿を見れて、少し安心した。

一緒に過ごした時間は短いけれど兄妹がいて楽しかった

喧嘩はしたのは小学生の頃一緒に笑った頃もある良い思い出です。


 これが私の兄妹の話です、今はみんな大人になり立派に生きてます。

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