DTの価値
第11話
いやー、この間は酷い目にあったなぁ……。
仕事帰りにおじさんのお説教を思い出しながら、俺はスーパーで買い物をしていた。
たしかパスタが切れてたよなぁ、あ、今日は肉の日か……豚肉も買っておこう。
買い物かごに入れ、調味料コーナーに向かっていると、偶然にも折笠さんが鮮魚コーナーで買い物をしていた。
あ、このスーパーに来るんだ……。
隣を見ると、あの犯人だった男が荷物を持っている。
二人とも幸せそうに笑っている。
咄嗟に身を隠しながらパスタソースをかごに入れ、俺はすぐにレジに向かった。
別に逃げなくてもいいんだが、何となく気まずい。
幸せそうな二人に自分を見られたくない。
理由は良くわからないけど、なぜかそう思っている自分がいる。
この陰キャ思考を変えないと、いつまでたっても彼女なんてできそうにない。
「はぁ……」
わかってはいるんだけどなぁ……。
* * *
薄暗い道を家に向かって歩いていると、後ろから声が掛かった。
「よっ! 森田」
「り、理子⁉」
「あはは、そんな身構えないでよ。仕事終わったの?」
「あ、うん……」
「この前のおじさん怒ってた?」
「もー、あれは散々だったよ、二度とごめんだね」
「そっか、ごめんごめん」
そう言って楽しそうに笑う理子。
あれ? 何か今日は落ち着いてるというか、普通な感じが……。
「もしかして、シルフィに?」
「うん、そう。何か相談あるっていうから」
「へ、へぇ……」
会話が途切れる。
理子は特に気にしてない様子で、俺の隣を歩いている。
「そういや、理子は本物の……淫魔なんだよな?」
「うん、そうだけど」
「なら、魔法って使えたりする?」
「ん~、魔法を使うにはその元となる『力』が必要になるんだけど、私の場合は吸精をしないと使えないかな」
「……しないとどうなるの?」
「今の姿を維持できなくなって、人間社会には居られなくなっちゃうかな」
「え……」
「別に不思議なことじゃないと思うけど?」
きょとんとした顔を向ける理子。
「そ、そっか、そうだよね、あはは……」
てことは、定期的に吸精をしてるんだろうか。
それとも何年分かはもうストックしてあるとか……。
「あの……残りMP的なものは大丈夫なの?」
理子は作ったような笑みを浮かべ、
「大丈夫、森田の気にすることじゃないわ」と前を向いた。
「あ、うん……」
何だろう、怒ってるのかな?
いつもならここで『じゃあ森田がストックさせてくれるの?』みたいに迫って来そうなのに……。
結局、家に着くまで理子が口を開くことは無かった。
* * *
「ただいまー」
「お邪魔しまーす、シルフィ様、来ましたよー」
「おぉ! 待っていたぞリリスよ、さ、会議だ会議、円卓を囲むぞ」
「はーい」
Tシャツに短パン姿のシルフィが、ちゃぶ台を部屋の真ん中に置く。
そこに理子がシルフィと並んで座った。
「森田、我は今から大事な会議があるのでな、紅茶を淹れてくれ」
「……わかった」
ったく、俺は執事かっつーの。
やれやれと台所に向かい、俺はお湯を沸かした。
ティーパックを入れたカップに沸騰したお湯を入れ、キッチンタイマーで3分。
――ピピピピ。
シルフィのは砂糖多めでっと。
俺は紅茶を持って、円卓に向かう。
「ここ最近入った新規組をいかに育成するかが勝負だと思っているのだが……」
「平均レベル20ってところですよね、それなら『イーハートヴォの風の迷宮』を周りましょう。あそこで取れるウイングブーツはレイド戦で役立ちますし」
何だかちゃんと会議っぽいな……。
「紅茶ここに置いておくよ」
「すまんな森田」
シルフィは目で礼を言い、すぐに理子の方に向き直った。
「で、ここの砦ですが……」
「ふむ、手を打つ必要が……」
さてと……俺は本でも読むか。
積読本を手に取り、少し離れたところに置いてある一人がけソファに座った。
* * *
駄目だ――全然、集中できないっ!
俺は本越しにそっと、二人の様子を
二人はまるで俺など居ないかのように、あーでもないこーでもないと話している。
うーん、普段はしつこいくらい絡んでくるせいか、少し寂しい気がするな。
人間というものは、何て無い物ねだりなんだろう……。
その時、二人が「うーーっ」とか「んっ」と言って体を伸ばした。
「よし、今日はここまでだ。んー、腹が減ったな」
「あ、シルフィ様、ワタシが何か作りましょうか?」
「なっ⁉ リリス、お前作れるのか⁉」
「中華風パスタくらいなら」
「おぉ! 中華風⁉ それを食ってみたいぞ!」
「わかりました、じゃあちょっと待っててくださいね」
理子が俺に「台所借りますね、あ、パスタってありますか?」と訊ねてきた。
「あ、うん、今日買ってきたから、今出すよ」
俺は台所に行き、パスタをテーブルの上に置いた。
「他に必要な物は?」
「豆板醤とかあります?」
「ああ、調味料系は全部ここね。冷蔵庫の中の物は何でも好きに使って」
「ありがとうございます」
理子はエプロンをつけ、手を洗う。
冷蔵庫開けて「んー」と、物色して、食材を取り出す。
ふぅん……これは自炊に慣れてるな。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫ですよ、後は自分でやりますから」
「あ、そっか……じゃあ」
何だろう……冷たいわけじゃない。
でも、壁を感じるというか、物足りないというか……。
あからさまに素っ気なくされてるわけでもないのに、どうも理子が気になって仕方がない。
いかんいかん、これが普通なんだ。
今までがおかしかっただけだろ……。
そう自分に言い聞かせながら、俺は居間に戻ろうとした。
「森田」
「あ、うん、何?」
「ごめん、髪結んでくれる?」
「え……」
「ちょっと豚肉触っちゃて」
理子は手術前の医師のように手を前に出している。
細くて長い指に、ちょっとドキっとした。
「お、俺、結んだことないんだけど……」
「後ろで適当に結んでくれればいいから」
「わかった……やってみる」
俺はゴムを手に取り、理子の後ろに回った。
「じゃあ……ごめん、触るからね?」
理子が小さく頷く。
まるで鳥の羽のように艶のある黒髪に触れる。
「⁉」
な、何だこれ⁉ これが髪⁉
サラサラで、めっちゃ良い匂いするし!
微かに震える手で理子の髪を集める。
どうにか後ろに持って来ると、白いうなじが露わになった。
うひゃぁ~、首ほそっ!
しかしゴムで結ぶのって、意外と難しいな……。
「ねぇ森田、もし、シルフィ様の魔力が戻る方法があるとしたら――どうする?」
「え……⁉」
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