第12話

「そ、そんな方法が?」

「ふふ……あれば良いって思った?」


返答に困っていると、理子が振り返った。


「髪、ありがと。初めてにしては上出来ね」

「あ、うん……」


そのまま何も無かったかのように、理子は料理を始める。

もう、話題を戻す感じでもないか……。


俺は仕方なく居間へ戻った。



 * * *



「どうだ? 美味そうだったか?」

「まだ作り始めたばっかだろ? わからないよ」

「むぅ……そうか」


よっぽど腹が減っているのか、シルフィはチラチラと台所の方ばかり見ている。


――魔力が戻せる、か。

もし、魔力が戻ったら、シルフィは元の世界に戻るのだろうか?


そりゃあ、生まれ育った場所だもんなぁ。

普通に考えれば、戻るよな……。


その時、「お待たせしましたぁ~」と、理子がパスタを持って来た。


「おぉ! 待っておったぞ!」

「はーい、中華風パスタでーす、召し上がれ~」


理子は俺の分まで作ってくれていた。


「え、いいの?」

「当たり前じゃない、ほら皆で食べましょ?」

「あ、ありがとう……」


シルフィがフォークを手に音頭を取った。

「では、リリスの手料理……いただこう!」


「「いただきまーす!」」


「う、うまい!」

「へぇ……坦々麺っぽいアレンジだね、これは美味い!」

「ありがとうございまーす」


理子が唇の端を少し赤くしたままで「んふふ」と微笑む。

俺は微笑み返しながら、台所で聞いた理子の言葉を思い返していた。



 * * *



――その日の夜。

布団に横になってスマホで電子書籍を読んでいると、シルフィが部屋に入ってきた。


「ん? どうした?」

「すまんな、悪いがこれを背中に貼ってくれ」

「ああ、湿布ね。またゲームのやり過ぎか?」

「そのようだな、まったく、魔法が使えればこんなことをしなくて済むのだが……」


シルフィが小さく頭を振り、背を向けてTシャツを脱いだ。

うっすらと発光しているような体に、俺は慌てて目を逸らした。


いかんいかん、心頭滅却だ!

ただの肉……、そう、お肉と骨だ! エロくなんてない!

必死に煩悩を抑え込み、俺は人差し指で背中を突く。


「こ、この辺か……?(や、柔らけ~)」

「もう少し上だ」

「ここ?」

「あー、そこそこ」

「よし、貼るからな」


そっと触ると変に意識してしまうので、湿布を貼るときは敢えて雑なくらいが丁度良い。

俺はササッと湿布を貼り終えて、ポンポンと背中を叩いた。


「ほら、出来たぞ」

「うむ、助かった……」


シルフィがTシャツを着る。

自分で首を揉んでいるシルフィに、背中越しに訊ねた。


「なあ……シルフィ」

「何だ?」


「やっぱ、魔力が戻ったら……元の世界に帰るのか?」

「そうだな……ああ、そうすると思う」


「……そっか、そりゃそうだよな」


当然だろ、俺は何を期待してたんだ……。


「まあ、向こうには我の部下達もいるし、仕事も残っているからな……放ってはおけん。それがどうかしたのか?」

「いや、別に……聞いてみただけだよ」


「そうか、よし、邪魔して悪かったな」


シルフィが立ち上がる。


「シルフィ」

「ん?」と、シルフィが振り返る。


「おやすみ」

「うむ、おやすみ森田」


そう言って微笑んだ後、シルフィは一階に降りる。

小さくなっていく階段の音が消える前に、俺は頭からタオルケットを被った。



 * * *



――深夜二時の下北沢。

店内から、活気のある声が漏れ聞こえてくる。

『上海菜館』と書かれた俗っぽい色のネオン看板サインが、路地の水たまりをチカチカと照らしていた。


路地に入ってきた男達の革靴が、水たまりのネオンを散らす。

一番前に立つ公務員風の男が店のネオン看板を見上げ、後ろに立つSPのような大柄の男に顎で合図をすると、大男の一人が扉を開けた。


公務員風の男は無表情で店内を見渡す。

一瞬、店内の会話が止まる、が――すぐに客達は活気を取り戻した。


男はそのまま店の奥に進み、一番奥のテーブルの前で止まる。

鮮やかな柿色に蒸し上がった上海蟹を積み上げている女性客の前で、公務員風の男が向かいの席に腰を下ろした。


「やあ、こんばんは、棃さん。どうかな? 本場と比べて味の方は?」

「悪くないわ」


蟹から目線を上げ、そう答えたのは理子だった。


男は小さく頷きながら蟹のハサミを手に取る。

そして、理子の目を見ながら、後ろにポイッと放り捨てた。


「それは結構、それで――」

「接触したわよ、今のところ問題なし。事前調査通り魔力を失ってた」


理子が男の言葉に被せて言った。

それを聞いた男は「それはそれは」と満足そうに目を細めた。


「では、いつ頃引き渡していただけますかな?」

「んー、気が向いたら?」

と、理子は上海蟹の身を取り出しながら言った。


一瞬で空気が張り詰め、大柄な男達が一歩前に出た。

踏み潰された蟹のハサミがグシャッと音を立てる。

公務員風の男が「構わん」と片手を上げ、大男達を止めた。


「困りましたねぇ棃さん。クライアントがお待ちですなのですが……。何とか早めの対処をしていただけませんかねぇ?」


公務員風の男がテーブルに両肘を付き、顔の前で両手を組む。


「ふふふ、あはは……!」


「……何が可笑しいのかな?」

男は顔を引きつらせながら訊ねる。


「淫魔相手の交渉に男が来るなんて……人間って馬鹿じゃないのかなぁって思っただ~け」

 そう言って、理子は上海蟹の甲羅を大皿の上に落とした。


「――なっ⁉ こ、こいつを捕まえろ!」


公務員風の男が理子を指さす。

だが、後ろの男達が動く気配はない。


「何をして……⁉」


振り返ると、男達は腑抜けた顔でぼーっと理子を見つめている。

慌てて男が理子に向き直ると、理子の瞳がネオンサインのように艶やかなピンクを放っていた。


「いい子ね」


男は言葉を失い、ただ懇願するように理子だけを見つめていた。

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