第10話
「ん……んん、何だ、やわらか……ん?」
朝、目を開けると、なぜか俺の横でシルフィが眠っていた。
しかも、その大きなたわわの上に、俺の手が置かれている。
「ぬぁっ⁉」
慌てて手を離す。
うぉ~~~~!! なんて柔らかさだ!
てか、何でシルフィがここに⁉
朝日に照らされたシルフィの寝顔。
それにしても、マジで人間離れした美しさだな……。
こんな整うことってある?
と、その時――。
シルフィの目が開いた。
「ん」
そして突然、俺の首に手を回し、ぎゅっと抱き寄せてくる。
「ふごっ⁉」
た、たわわが! たわわが⁉
寝ぼけてんのか⁉
このまま身を任すべきか、いや、さすがにこれは……⁉
ふわぁぁ……な、なんという心地よさ……顔面の表皮を通してマイスネル小体、メルケル触盤、パチニ小体、ルフィニ終末と俺の感覚神経が喜びに打ち震えているではないかっ!
こ、こんなに良いものを知っておいて、世の中の野郎どもは不平不満を言ってんのか?
マジで舐めてるな……。
「森田、何をしてるのだ?」
「え? あ! いや、これはっ!」
パッとたわわから離れると、ニヤニヤと笑うシルフィの顔があった。
「シ、シルフィ⁉ こ、これはだな……お、お前が突然抱きついてくるから、その……」
「別に我は構わんぞ? 好きなだけ弄ぶと良い、ほれほれ」
俺をからかうように、シルフィがたるるんたるるんと胸を揺らした。
「や、やめろ! それより……何で俺の布団に入ってんだよ⁉」
「リリスが戻って来ないとは限らないからな、念のためだ」
そう言ってシルフィが体を起こした。
「さすがにそれは……」
「人の常識で考えていると痛い目に遭うぞ?」
確かに言われてみればそうかも知れない。
ああ見えて本物の淫魔なんだもんな。
吸精一回で十年……確かに恐ろしい話だ。
俺も気を付けなければ。
「わかった、その……ありがとな」
「森田……」
シルフィが真っ直ぐに俺を見つめる。
え、ちょ……さすがに耐性があっても照れるんだが⁉
しかも、シルフィはTシャツ一枚。
下は何も履いていないのか、真っ白な太ももがあらわになった童貞殺し!
そんな人外が段々と俺に近づいてくる……。
「腹が減った。何か作ってくれ」
「……え?」
ま、まあ、そりゃそうだよな。
シルフィが俺なんかに興味を持つわけがないか……。
サッと平静に戻り、俺は立ち上がった。
「パンでいいか?」
「うむ」
布団の上に座るシルフィがコクンと頷く。
く、くそっ……耐性が壊れるじゃねぇか!
* * *
仕事中、棚の文庫本を入れ替えながら、現実的な恋をしなければと悩む。
今朝のシルフィといい、淫魔の理子といい、二人とも誰もが羨むような容姿なのは認めるが、彼女達とまともな恋なんてできるわけがないからなぁ……。
そりゃあ、初めてあった頃はワンチャンあるかもって思ったけど、さすがに無理があると俺はすぐに悟ったのだ。
それからは、異性として意識をしないように耐性をつけて今に至るわけだが……。
最近、やたらと接触する機会が多い。
このままじゃ、いくら耐性をつけてても時間の問題だ。
百戦錬磨の優男ならともかく、俺のような万年DTには荷が重い。
はぁ……エルフに恋なんてしたら、一生片思い確定じゃん……。
「あの、すみません、その本取ってもらっていいですかぁ?」
「あ、はい、えっとこちらで……え⁉ り、理子⁉」
「しっ!」
理子は俺を本棚の影に押し込む。
「ちょ⁉ 何を……」
「せっかく森田に会いたくて来たのに……もしかして、迷惑だった?」
俺を本棚に押さえつけながら、上目遣いで目を潤ませる。
これは卑怯だ! こ、心の準備が……ていうか、俺仕事中だし!
「あの、俺仕事あるから……」
すると理子は俺の耳をぎゅっと引っ張って、
「いまなら誰も見てないよ?」と囁いた後、そっと俺の前髪を直す。
「うん、格好いい格好いい」
「い、いや……そんなわけ……」
「どして? もっと自信持ちなよ?」
理子は本棚から一冊の本を手に取り、おもむろに開いたページを読み上げる。
「事情が変われば己も変わるような愛、相手が心を移せば己も心を移そうとする愛、そんな愛は愛ではない……へぇ、人間もいいこと言うわね?」
本を棚に戻し、理子は俺を見てクスッと笑った。
もうちょっと好きになりかけちゃってる自分が怖い。
駄目だ、理子は淫魔だ。吸精が目的なだけなんだ。
俺は必死に自分に言い聞かせた。
「その……ホントにマズいんで……」
「え? 聞こえなーい……もっかい言って?」
理子が髪を掻き上げ、耳を寄せてくる。
ちょ……女子の香りとか耐性が……。
意識しちゃ駄目だと必死に精神統一するが、俺は理子のか細い首筋や綺麗な顎のライン、可愛らしい耳、蠱惑的な瞳に目を奪われていた。
「すみませーん、店員さーん!」
レジの方でお客さんの声がする。
意識を吸い込まれそうになっていた俺はハッと我に返る。
「あ、お客さんだ、行かなきゃ!」
強引に理子から離れようとすると、
「やーだ」と、まるで蛇のように絡みついてきた。
「り、理子……お願いだから、ね?」
「ちょっとー⁉ 誰もいないのかなー!」
お客さんの声が少し荒くなっている。
「マズいよ、ホントに困るから……」
「――わかった、許してあげる」
小さくため息をつき、理子はスッと手を離した。
慌ててレジに向かうと、怖そうな中年の男性がムスッとした顔で俺を睨んだ。
「す、すみません、お待たせしました!」
「もう、何やってんのさー、こっちも時間ないんだから!」
「はい、申し訳ございませんっ!」
ひー、怖ぇー!
「ったく……」
「あの、おじさま……すみませんでした、ワタシが店員さんに本を調べて貰っていたので……」
レジ前に出て来た理子が、男性客に頭を下げた。
「う、うほっ! だ、大丈夫大丈夫! おじさん、ぜ~んぜん急いでないよぉ」
すげぇ変わり身……もう別人じゃん。
同じ男として悲しくなるぜ、おっさん。
「ありがとうございます、じゃあ、ワタシはこれで」
「はーい、帰り道は気を付けなさい、特に君みたいな可愛い子はねぇ、ぐふぐふ」
完全に顔が溶けてるな……。
まあ、これだけの美少女、そう簡単にお目に掛かれないもんな。
帰り際に理子が振り返り、
「じゃあ、森田くん、お家で待ってるね、ばいばいっ」と、小さく俺に手を振る。
「は……?」
ゴゴゴゴゴゴ…………。
え? 何、この音……⁉
「へぇ~そうか……君、森田くんって言うの?」
「ひ……あ、あの、その……」
その後、俺は超宇宙嫉妬現人神となったおっさんに、みっちり接客とは何たるかと地獄のいちゃもん説教を頂くことになった。
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