第8話 公卿どもの御密談
年が明け、半月が過ぎた。そこはこの国の古い建築様式らしい薄暗さだった。夏を主体に造られている為、冬は快適とはいえない。底冷えがひどく、何も対策せずに暮らせばすぐに身体を壊すだろう。空は薄曇り、先の天気を信用できない気持ちにさせる。いや、雨は降るだろうが、雨傘が必要かどうかが読めない。
「
そう
「おお、幸政殿。公の御容態は如何かな。上屋敷に隠られて、もう四年になるが」
部屋にいた数人の官服、その一人が言った。他家の主人の容態など機密もいいとこ、それを訊くなぞ礼節無視も甚だしいのだが、場が場だけに気にされない。彼らの目的には、必要な情報だからだ。
「公は相変わらず茶を点てておるが、呆けがひどくなっておる。もはや、政には手を入れれまい」
男は頷き、後ろに控えていた者に目線をやった。
「うちの田浦から報告がある」
「田浦中佐です。
田浦はいくつかの書類を出した。
「ツァール国ですが、ほぼ間違いなく華国との戦争になります。懸念のとおり、国境民族のいさかいが大きくなりました。春王朝はツァール国内に在する華系民族の保護を理由に侵攻するでしょう」
「開戦時期は」
幸政は尋ねた。
「遅くとも二年以内には」
幸政を含む全員が唸った。二年とは、この国がとれる準備時間でもあるからだ。
ツァール国と華国が戦争をすれば、皇国も巻き込まれる。少なくともこの国の執政連中は、ツァール国への派兵を検討するだろう。そしてツァール国は東方の戦線を皇国陸軍派遣部隊をあてにして構築する。五〇〇年前より続いてきた両国関係は、片方が華国の侵攻を受ければもう片方が駆けつける、そういうことで成り立っていた。
「二年、執政どもが派兵を叫び出す前に、軍の増強を行わねばならん。弱兵を送ろうものならツァール国が敗けるかもしれない。そうなれば、次は
幸政は発言と同時に、心中で苦笑した。そんないいかげん対外戦略で、よくもまあ今まで残ったものだな、この国は。それともあれか、旨味がないのか。ああ、そうかもしれない。なにせ、すぐ敵を殺そうとする将家ども、複雑極まりない朝廷と公族の関係。しかも、世界をみれば辺境に位置する小さな島国。入り混んだ島の位置も相まって、責める気など起きないのだ。そのはずだ、自分でも責めるとなったら嫌だ。何しろこの国は面倒が多すぎる。あれ、本当に春王朝は皇国を攻めるかな。うまくやれば、ツァール国は領土を捕られても、皇国は見逃してくれるかも。でもなあ、ツァール国を見捨てるのはなあ、いろいろな人はそれを許容できまい。
幸政の言葉に苛立ったのか、男が机を叩き怒鳴った。
「久城だ!久城を中心とした穏健派が邪魔だ!あやつら、春王朝との対話は可能だとほざきおる。久城は学の系統だろう、奴ら、二〇〇年前の
男の言っていることも正しい。が、久城ら穏健派の言い分も間違ってはなかった。春王朝は、歴代王朝と比してその戦役の前に対話を挟む傾向がある。それを指して穏健派は「もしかしたら、やりようによってはいけるのじゃないか」というまさに穏健的な(男に言わせれば楽観的な)ことをいっているのだ。
「──久城を君側の奸とし、禁裏での力を削ぐ為の決起、その上での強硬的軍拡か。あの陛下が、臣下が排されるところを御静視遊ばずだろうか。なにせ、久城公は陛下が親王のころ、
「その点については考えがある」
男は口角を上げ言った。
「決起の際、陛下の大御心を安んじ奉るとして禁裏を兵で囲む。あとは簡単だ。
女官龍声文書──陛下の
「偽勅になりませんか」
「我々の目的は、来ることがわかっている戦争に備えることだ。最終的には、陛下に認めていただく。無論、すべてが終われば国政を騒がし奉った責をとり、私はすべての官職を退く」
幸政は確信した。ああ、畜生め。目の前の男に野心などない。質が悪いことにただ義務、責務のみで動いているのだ。それならば、あるいは陛下の御理解も賜ることができるかもしれない。手荒だが、我々は間違ってはいない。そのはずだ。そう思うでもせんとやっとれんな。まったく。
「細かい計画は田浦中佐が策定中だ」
「──やるのですな」
「しなければ御国は亡ぶやもしれん。そうすれば、亡国を見過ごした公卿として名を残すことになろう。やるしかないのだ。たとえ、何を犠牲にしても、戦争に備えなければならん」
男、いや、
「心せよ諸卿、これは御国に必要なのことなのだ。御国の平安の為、戦に備えよ」
ああ、面倒だ、面倒だ。今世において公族とは、茶歌を吟じ、家を続けることに注力すべきだ。もはや、昔のようには振る舞えない。各領から集めた兵隊をどうこうするのは、そろそろ我々の手を離れてすべきじゃないか。そう、この国は我々の手を離れなければならない。でなければ、この先の動乱を、戦争を、世界に
これからの公族とは、ただ家を残すためだけの装置であらねばならないのだ。畜生め。
御国、帝、古神奈家、万歳。
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