第36話 その馴れ初め

夫ほどではないがアルフレッド・ロイヤの妻マリィもさりげない変わり者である。


彼女は平民の出身で、その優れた容姿も知性も両親とは似ても似つかぬものだった。親戚の中には母方の祖母に似ていると言うものもの居たが、若くして亡くなった祖母の容姿を確認することは出来なかった。


そして彼女は何の根拠もなく理数系の才能に恵まれ、その方面で才能を開花した。


「マリィちゃんは頭がいいねえ」


親戚の誰もがそう言ったのは彼女の優れた容姿を褒めづらかったである。確かに優れているのだが、それは彫刻的な硬質なもので可愛いと言いづらかったのだ。美しいと言えば適切なのだが、その造形と無表情は非人間的なものを感じさせた。


マリィ本人にとってはどうでもいい事だった。さらにいうと彼女は理数系の才能に恵まれ、その方面に進んで才能を開花させたが、それを天職だとも思っていなかった。単にやれる事をやる、それがマリィのスタンスでありそれを疑問にも思わなかった。


そういうマリィに想定外が起こったのはとある男爵家の眷属が現れた時からだった。聞けば既に入営して従士になっているらしい。へぇそうなんだへー。


実にどうでもいい話である。貴族だの軍人だの全く興味がない。男も別に今はいい。そんな風に思っているマリィの前に現れたアルフレッド・ロイヤとかいう従士は茹で蛸みたいな真っ赤な顔で花束を持ってきたのだ。


「…好きです…」

その従士はただそれだけを言った。そして花束を渡してもその場を去ることはなかった。どうも返答を待っているらしい。


…ぷっ…


マリィは思わず吹き出した。初対面で何を言うか。全く論理的ではない。というか何かもっと他に言いなさいよ。ねえ従士さん? マリィ本人は気づかなかったがそれは研究所の仲間たちが初めて見るマリィの笑顔だったのだ。ええあの人笑えるんだ。


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今でもそれが正しい男女の交際というべきなのかは分からないが、とりあえずマリィはその従士さんとなんとなく付き合った。好きか?聞かれればまあ好きである。無口過ぎて何だかよく分からないが。理由は良く分からないが妙に面白い。楽しい。


一年程の交際を経て結婚した時は周りから早すぎると言われたが、結果としてはまあ正しかった。アルフレッドは浮気をしたり暴力を振るう男ではなく、家庭での女性の優性を受け入れた。舅や姑ともうまく行きやがて二人は隠居して田舎に庵を結んだ。


王国騎士という言わば準貴族の家内という立場にも意外なほどすんなり馴染むことが出来た。多少の言葉使いを学ぶと後はむしろアルフレッドよりそれに順応した。長女アンソニオが産まれると彼女への躾はマリィが行うほうが適切なほどであった。


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マリィは今年で48歳であるが昔より今のほうが容姿を褒められる事が多い。48歳?孫もいる? 嘘でしょう!? もちろん誇張はあるだろうが、そんな風に言われるのは意外と嬉しいものだった。ふふん。


マリィという造形に優れすぎた硬質の美人は、アルフレッド・ロイヤという怠け者の要素を注入することで初めて人間的な柔らかさを得た。そんな風に思う事もある。


別に順風なだけの結婚生活ではなかった。グレッドフォッグ戦線の話を聞いた時は目の前が真っ暗になったし、問屋の娘を預かった時は夫を殺してやろうかとも思った。奥様友達にそういう話を言うとたったそれだけ?羨ましいわねえなどと言われるが。


まあとりあえず幸せである。


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