第30話 団長代理の実態
王国騎士団長代理ウォーレン・ヤームは上がってくる書類をゆっくりと時間をかけて確認し団長代理印を押していた。そうしないと間がもたないのだ。
団長代理印にはいくつかの種類がある。承認を意味する「承」、許可を意味する「可」、閲覧した事のみを意味する「覧」、否認を意味する「否」の四種類である。ただしほとんどの場合は覧の印しか使わない。否の印など朱肉すらついてない。
はあ
ウォーレン・ヤームは溜息をついた。暇である。
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騎士団長という役職は実はいくつもある。アルフレッド・ロイヤとダラス・ウルブレヒトの会話に出てきた騎士団長とは獅子鷲騎士団長の事である。それと同格のものに白虎騎士団長がある。昔はもっと騎士団がありその分団長職も多かったのだが現在ではこの二つの騎士団しかない。
それらの上位に王国騎士団長という役職もあるが、これは現在空位、というより事実上任官できないようになっている。
王国騎士団長は軍事のトップである。各騎士団だけではなく全部隊を掌握し軍務大臣より上位とされる。軍人というより軍事に特化した宰相というべきで、普通ではあり得ない大権威なのだが建国前後の100年間程はこの職に就くものが存在した。
そして当然、王国騎士団長の存在は非常に大きな問題があったので軍政改革により事実上任官不可能になった。ただし王国騎士を統括する立場は必要だったので「王国騎士団長代理職」という役職が創設された。
王国騎士団長代理と王国騎士団長代理職は似て異なるものである。王国騎士団長代理は文字通り王国騎士団長の代理である。つまり非常任職であり有事に於いては軍命を司る存在である。逆に言うと有事がなければ何もすることがない。
また、何を持って有事とするかは明確にはなっていない。学者などの説では要するに国家的軍事行動があった場合と言われている。つまり王国騎士団長代理はほとんどの軍事行動に於いて実は何の指揮権もないのだ。
王国騎士団長代理職とは王国騎士を統括する役職の事である。具体的には王国騎士団長代理、王国騎士団会議長、王国騎士団典務長のいずれかから選出されて任官する。この三職中、非常任なのは団長代理だけでほかの二職は常任である。
つまり議長と典務長には定量的な軍務と裁量権があるのに対し、その上位である団長代理にはそれがないのである。他の騎士団もこれとほぼ同じであるが、場合によっては下位の騎士団長が議長や典務長を兼任することもある。その門は非常に狭いが。
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ウォーレン・ヤームは業務を終わらせてコーヒーを運ばせた。運ばせたコーヒーを飲みながら昨日のパーティである男が言った事を思い出していた。
-こちらは王国騎士団長代理閣下にして王国騎士団長代理職閣下でございます-
紹介の口上だったのだが言われた相手は苦笑した。自分も顔をしかめた。無知かあるいは皮肉か嫌がらせのつもりか。団長代理に就任すれば代理職になるのは当たり前だ。そうでなければ何のために団長代理など選出するものか。
第一普通は代理職などと言わないし呼ばない。議長や典務長が代理職になっても元々の役職で呼ばれる。怒る程ではないが不機嫌に拍車をかけられた一幕であった。
はあーあ、参ったなあ。
ウォーレン・ヤームはヤーム王家の眷属で自身も伯爵位を持つ。元々は現公爵セイルフォン・ヤームの側近で、若き日のウォーレンは(といってもまだ41歳だが)戦闘にも作戦指揮にも優れ主君セイルフォンの権勢を弥増す事に貢献していた。
軍人貴族であったセイルフォンが公爵家を継承すると長年の功績を認められて伯爵家と軍職を引き継ぐ事になりウォーレンは狂喜した。当時のセイルフォンは代理職たる議長であり、当然自分もそれを引き継げると思っていたのだ。
蓋を開けてみたら目が点になった。セイルフォンがにこやかな笑顔で渡してきた辞令には王国騎士団長代理の文字が記されていた。あれ?職の文字がないですよ?
セイルフォンはウォーレンを信頼していたが、軍権の全てをウォーレンに任せる気はなかったのである。この人事により議長と典務長を骨抜きにし、かつ何の権限もない代理職にウォーレンを縛り付け、かつ長年の功績という借りを返済したのであった。
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