第28話 アンソニオとエリザベス
あーっはっはっはっは!
「そんなに笑うことないだろ」
エリザベスは恥ずかしそうに反論した。エドワードは不思議そうに母を見上げた。
「おじさんも相変わらずだねえ」
アンソニオは涙を拭いてそう言った。笑いすぎて少し涙が出たのだ。最近はしょうもない事が続いたので久々に笑える話である。
---
アンソニオ・ロイヤとエリザベス・ウルブレヒトは幼馴染かつ友人である。この表現は正確であるが故に周囲に軽い誤解を与える事が多い。
幼馴染ではあるが出会った時はお互い何の興味も持たなかった。エリザベスは当時から既に刀槍術にのめり込んでいたが、ませていたアンソニオはそんな事には全く興味を持っていなかった。自然と会話は続かず、再会を約する事もなかった。友人になったのはエリザベスが父アルフレッド・ロイヤの元に従士として任官してからである。
ああ、お久しぶり。
実は全く覚えていなかったがとりあえずの社交辞令としてアンソニオはエリザベスにそう挨拶をした。ところで我が家に一体何の用だろう?
その疑問は驚くべき形で解決した。なんとエリザベスはアルフレッド・ロイヤに指南を受けにきたのだ。ああ思い出したあの剣術やってた娘だ。えええまだやってたの? あなたもうそんな事やってる歳じゃないでしょ?
アンソニオの内心の驚きはその内容を見てさらに増大した。それは指南というより試合であった。模擬剣が打ち合い顔や身体をかすめる。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あ危な!怖!ちょ、父さんも危ないってば!止め!怖!危な!
「何やってるのよもう!」
ようやく指南が一息つくとアンソニオは大声でそう言った。妙齢の女子がやることじゃないでしょう!? 妙齢というか確か私と同い年でしょ!? 後に判明した事だが、当時のエリザベスはそう言われて剣技が稚拙だと言われたのかと勘違いした。
「…確かに…」
これはすぐに誤解だと判明するのだが、エリザベスのその言葉を聞いたアンソニオは指南そのものが願掛けとか現状打破のための抽象的な行動かと思ったのだ。
「ねえ、一体どうしたの? 何かあったの?」
アンソニオはエリザベスに事情を訊いた。そして事情を訊き誤解が解けるとアンソニオは呆れ果てたのである。
「だって弟が居るんでしょ? だったら王国騎士にはなれないんだよ?」
女性でも王国騎士になるものは居るが基本的に男子が居ればそちらが優先である。
「別に王国騎士位はどうでもいいんだ」
エリザベスはぼそりとそう言った。自分の力の限界を知りたい。
「…」
数瞬、二人の間は沈黙が訪れた。それを破ったのはアンソニオの笑い声である。
「変な奴ぅ」
アンソニオはそう言ってにやにや笑顔のまま、エリザベスの頬を指でつんつんした。こんな美人さんが何を考えているのやら。
「何だよお」
エリザベスはアンソニオの意外な行動に戸惑いながらもつんつんを受け入れた。
---
「ベスはまだ結婚しないの?」
エドワードをあやしながらアンソニオはそう訊いた。
「んー…そんな気になれない」
エリザベスはちらりとアンソニオを見てそう答えた。
「わりと面白いよ。息子かわいいしウォードあほだし」
幸せだよ、じゃなくて面白いかよ。相変わらずだなこいつ。というかウォードは嫁にまでアホ扱いされてるのか。あいつは本当に姉御肌に弱いな。
「少なくとも父さんが持ってくる縁談はイヤだ」
そもそもエリザベスは恋愛とか結婚というものがよく分からない。
「ふーん」
そう言ってアンソニオは手を伸ばしてエリザベスの右頬-古傷に触れた。
「あーあ、もったいな」
アンソニオは散文的な事を言いながら、古傷を優しく撫でた。
「なんだよ」
古傷を撫でられながらエリザベスは少し妙な気持ちになった。いつもそうだ。古傷なんか触ったって面白くもないだろうに。しかし妙に心地よくくすぐったい。
アンソニオ・ロイヤとエリザベス・ウルブレヒトは幼馴染かつ友人である。それ以外に彼女たちの関係を言い表す言葉はない。アンソニオには夫も子供も居るし、エリザベスも男性経験が全くない訳でもない。
しかしどういう言葉でも言い表せない関係というものがあるのもまた事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます