第27話 父と娘
エリザベス・ウルブレヒトは王国騎士ダラス・ウルブレヒトの長女でアルフレッド・ロイヤの数少ない刀槍術の弟子である。父ダラスと同じ浅黒い肌と母エリザの美貌を受け継いだ美人だったがその右頬には大きな刀創があった。
幼い頃から刀槍術を学んでいたのは当時のウルブレヒト家唯一の子供だったからだ。父ダラスは愛娘に刀槍術を授ける事を非常に嫌がっていたのだが、娘は父の懸念をよそに剣術の適正に恵まれていた。
エリザベスが14歳の時に念願の長男が産まれダラスは狂喜した。これでやっと愛娘から剣を取り上げる口実ができたのだ。そしてダラスは長男などそっちのけでエリザベスの縁談を探し回った。すぐに結婚させる気は全くなかったが。
エリザベスはエリザベスで父の狂奔などそっちのけで士官学校に受験して合格した。それを知ったダラスは決して怒鳴らかった。気持ち悪いほどの猫なで声で反意を促し続けただけである。
士官学校卒業後すぐにアルフレッド・ロイヤの従士になったのは当然ダラスの口利きによるものであったがエリザベスは不服だった。
-剣士を希望します-
アルフレッド・ロイヤもすぐにはうむ、とは頷かなかった。アルフレッド・ロイヤとて自分の娘と同い年の女性を敵前になど出したくなかったのだ。やりとりの末、剣士としての適正があれば、という事になり幾度もの試合をするはめになった。
エリザベスは確かに優れた剣士であったが、さすがにアルフレッド・ロイヤに勝てるはずがない。しかし彼女は決してめげずに試合を申し込み続けた。
アルフレッド・ロイヤはこの試合に気が進まなかった。一番柔らかい高級な模擬剣と充分な防具を付けさせても友人の娘を打ち据えたくなどないし、当の友人が試合の度に毎回この屯所にやってきて嘆息や悲鳴を上げるのでやり辛い事この上なかった。
普通の模擬剣10本分もする高価な模擬剣が5本も折れる頃、ついにアルフレッド・ロイヤの方が根負けした。ダラスは非常に微妙な表情だったが、彼もまた愛娘が目前で打ち据えられるという拷問に耐えきれなかった。だったら来るな。
剣士としてのエリザベスは優秀で、文字通り身を挺してアルフレッド・ロイヤの護衛を勤め上げた。頬の傷はその頃のもので、ダラスはその整形手術のために各方面を走り回った。アルフレッド・ロイヤがダラスになけなしのへそくりを貸したのもその手術費用のためであった。
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「…閣下、ご足労頂きありがとうございます…」
エリザベス・ウルブレヒト少佐はイヤイヤながら父たる王国騎士殿にそう言った。
「ああベス! 無事だったかい!? 父さんは心配で心配で…」
ダラス・ウルブレヒトは周囲の目など全く気にせず愛娘に抱きつこうとした。
「ちょ、ちょっとやめてよ父さん!」
一瞬で自制心の限界を超えたエリザベスはつい地声が出てしまった。周囲からおお、という歓声が上がる。男勝りの美人少佐殿の地声にはアンバランスな魅力があった。それに気がついたエリザベスは声音を改めて怒鳴りちらした。
「貴様ら何をしている! ウルブレヒト閣下をお護りせよ! 早く!」
そう言って警護という名目の人の垣根を作ってエリザベスは駒を進めた。
「…はあ…」
エリザベスは苛立ちと脱力感で嘆息した。それを見ていたアルフレッド・ロイヤも心の中で嘆息した。
エリザベス・ウルブレヒトは
つまりアルフレッド・ロイヤからすればエリザベス・ウルブレヒトが従士と剣士に別れてそれぞれマクシミリアンとウォードになってしまったように思ってしまうのだ。
はあ
アルフレッド・ロイヤは神秘主義者ではない。エリザベスとマクシミリアンとウォードはそれぞれ別の人格である。しかしこの妙な符牒に嘆息せざるを得なかった。
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