第25話 ウルブレヒト少佐の偵察
ウルブレヒト少佐は自ら先頭に立ち威力偵察を指揮していた。それに異議を唱える者はいない。何せ前任の剣士でアルフレッド・ロイヤの愛弟子である。
「あの山あたりが怪しいな」
ウルブレヒト少佐は山のひとつを見つめてそう言った。敵影はまだ発見できなかったが大人数の足跡がそこに向いているのだ。
「一旦戻って閣下に報告するぞ」
刀槍術に優れるにも関わらずウルブレヒト少佐は深追いをしなかった。万が一ここで偵察隊が全滅すれば情報が途絶えてしまう。記録担当に場所を記させるだけではなく自らも地図に印をつけるところにも有能さを伺わせた。
「ないとは思うが敵襲、特に射撃には気をつけろ」
正直に言えば敵に見つかっても構わない。それで襲撃を受けても敵が逃げてもよい。襲撃されれば被害は出るだろうが平地ではこちらが有利だし捕虜を取る事もできる。仮に逃走すればそれがさらに足跡になるし、敵がそれほど規律正しく行動できるとも考えづらい。逃走の過程で敵組織から脱落者が出て弱体化するだろう。
元剣士とはいえウルブレヒト少佐はウォードと違って冷静な判断ができた。もしウォードが同じ立場だったら即時突撃命令を出していたかも知れない。
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「屯所とロイムアルダスの衛所にはそれぞれ伝令を向かわせました」
マクシミリアンはそう報告した。
「うむ」
アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷く。しかし実は内心落ち着かなかった。根っからの怠け者はしばしばそうであるが、目前に解決すべき課題があるとそれをとっとと終わらせないと落ち着かないのである。
またアルフレッド・ロイヤは落ち着かないだけではなく、いくつかの理由で憂鬱な気分でもあった。ひとつは当然村の惨状である。民間人にこれほどの被害が出るとは。罪なき村人の無念を思えば心が痛むのである。
指揮官として懸念するべきなのは防衛計画の見直しなのだが、そっちはあまり心配していない。防衛計画の見直しなどアルフレッド・ロイヤをバイパスして参謀とマクシミリアンの間でどうにかなるだろう。どうにかしてくれ。
個人として憂鬱に思う事はふたつある。ひとつは絶対に口には出せないが鱒の塩焼きである。どういう結果になろうと今回の巡回視察でロイムアルダスに行くことはなくなった。この暫定駐留が終われば屯所に戻って事後対応をしなくてはならない。
そしてこれはまだ確定した訳ではないが、伝令を出したことそのものが憂鬱なのだ。これは軍事上当然の行為だし無茶な命令が来るとも思っていない。それどころかかなりの確率で援軍が来るであろう。問題はその援軍に誰が来るかという点だった。
はあ
アルフレッド・ロイヤは溜息をついた。妻マリィの指摘通り、彼は人間関係での諍いが何よりも嫌いなのである。いやあれは諍いなのだろうか。
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