第24話 ウルブレヒト少佐の叱責

「おーい、いそげえー」

指示をする下士官の声にもさすがに疲れが出てきた。もっともその指示を受けて土嚢を作ったり積み上げたり柵を組み直している兵士達のほうが遥かに疲労は強いが。


「消毒薬と包帯を!」

医療班も予想外の大わらわである。準備を怠っていたわけではないが、薬品や医療品は巡回先で補給ができるので行軍中に必要と想定した分しか用意していなかった。


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当初、巡回視察は予定通りに進んでいた。ミルフォンズ、ミルアレンズ、アーフリアという各町村の衛所を巡り、点検も確認も予定通りに進み、アルフレッド・ロイヤは珍しいジビエや魚や山菜などに舌鼓を打ち地酒や温泉を大いに愉しんでいた。


「うむ!」

特にミルアレンズで供された鹿肉の炙り焼きは殊の外アルフレッド・ロイヤの味覚に合い、普段の鷹揚さよりも力強い感嘆の声を上げたのである。


しかし四箇所目のイレシアで予定が狂った。アーフリアからイレシアまではさほどの距離ではなく、行軍は比較的ゆったりと進んでいたのだが、先遣隊から進行方向に大きな煙が上がっているという報告を受けた。一転して急行した巡回視察部隊は焼き討ちにあった村の門と衛所を目にしたのだ。


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「これほどの被害がでるような状況だったとは聞いていませんよ」

マクシミリアンの声はつい刺々しくなってしまう。相手はイレシアの村長なのだが巡回計画を作ったマクシミリアンにしてみれば看過できることではない。


「…まーた厳重注意なんか喰らったらたまったもんじゃないからなあ」

ウォードはあらぬ方を向いてそう皮肉を言った。きっと睨みつけるマクシミリアンだったが彼が何か言うより早く別の声が上がった。


「ウォード・ロイヤ大尉! 修復状況の確認をせよ! 今すぐだ!」

ウルブレヒト少佐は叱責同然の声音でそう命令した。


「…はい」

ウォードがばつが悪そうに答えて立ち上がった。ウォードも自分の皮肉が強すぎる事は判っていた。ただマクシミリアンの刺々しさに反感を持ってしまい、また行軍と修復作業による疲労でつい余計な言葉を発してしまったのである。


「マクシミリアン・ロイヤ大尉も発言には充分気をつけるように」

ウルブレヒト少佐はウォードにも聞こえるようにマクシミリアンにも注意をした。これで仲の悪いロイヤ大尉コンビはおあいこである。


「…はい」

マクシミリアンもそう返事をした。マクシミリアンの刺々しさは手落ちや厳重注意を恐れたものではなく、この強襲での死亡者への同情が裏返ったものだったのだが、官僚的な言動が多い彼はこういう時に誤解されがちだった。


「失礼しました。それで村長、どのような状況だったのでしょうか?」

ウルブレヒト少佐が話を進める。


「はあ、それが…」

元々この近くには落ち武者集団が巣食っていたが、衛所に将兵合わせて15人しかいないイレシアは半ば傭兵のような関係を構築していた。しかしごく最近、落ち武者集団に何か変化があったと思ったらこの有様になったとの事だった。


つっこみどころ満載の話である。まず落ち武者ってどこの落ち武者だ? グランバートルの大司祭派か? 国境を超えてきたのならなぜ難民申請をしない? 申請していないならそれは野盗と同じだ。そんな武装集団をよくまあ傭兵なんかに仕立て上げたものだ。何より衛所に15人って規定以下じゃないか。まずそれを申告すべきだろう。


「その落ち武者集団はどの辺りに潜んでいるのか見当がつきますか?」

つっこみどころが多すぎて逆に言葉が出ないマクシミリアンに代わってウルブレヒト少佐は現実的な質問をした。


「多分、南の山の中のどこかだと」

随分と曖昧な答えである。どこに居るのかも分からない武装集団によく傭兵など頼めたものだ。そう訊くと


「傭兵というか、まあ、そんなようなもの、といいますか」

話を聞くとどうも傭兵というよりある程度の集団でやってくる用心棒というほうが適切に思えた。賃金も都度払いで食料で支払うこともあったという。危険な行為だ。


「本隊は村の防衛と近辺地域の威力偵察で駐留という事で宜しいですね?」

ウルブレヒト少佐は村長とアルフレッド・ロイヤにそう確認した。


「うむ」

アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷く。アルフレッド・ロイヤもこの惨状には心を痛めていたので次の巡回先で楽しみにしていた鱒の塩焼きの事を考えていた訳ではない。考えていたのは別の事である。


これが跡取りになってくれれば一番なのだが。

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