第23話 司令官アーサー・ブライン

特にそう言われるわけではないがアーサー・ブラインは幸運の人である。


士官学校卒業後、25年に渡る軍隊経験は全て前線勤務であるにも関わらず、その間の実戦出動回数は僅か3回である。これは異常とまではいかないものの充分に目を引く数字であり、実際に将官審査では誰もがこの数字に目を止めた。


-少ないな-


審査員の誰もがそう思ったが、さりとて別に多ければいいという訳でもなく、また将官審査に提出される資料にミスがあるとも考えづらく、確認をすればそれだけ審査が遅れるという都合もあるのでこの数字を確認する声は上がらなかった。


ただしそういう話は漏れやすい。将官審査対象者の中で実戦出動僅か3回の者がいるという話はあっという間に広がった。そしてそれだけ出動回数が少なければ自ずとそれが誰だかも予想がつくものである。


-まあ、あいつだわな-


元々ブラインは皮肉たっぷりに「模範的な軍人」と呼ばれていた。何せ出動回数が少ないということは武功が少ない代わりに失敗も少ないという事で、本当にモデルケースのように順当に出世していたのである。


そしてブラインはその数少ない実戦出動の最後でとてつもないトラウマを植え付けられていた。彼が指揮した部隊が強襲され、目前の護衛が頭を撃ち抜かれたのである。今から5年前の事だ。


弩による射撃は護衛の兜ごと後頭部まで貫通した。とっさに理解が追いつかなかった当時のブラインは護衛が何か不始末をしたのかと思った。


-おい、なにをしているんだ-


そう言って護衛の肩に手をかけた時に護衛の体勢が崩れてブラインにしなだれかかった。さらに不快感を増したブラインが護衛の顔を確認するとそこには左眼球に矢が刺さった死者の顔があったのだ。


以来彼は皮肉でそう呼ばれる以上に「模範的な軍人」として振る舞い、なるべく出動を、ひいては戦死から遠ざかる事を念頭に置いてきたのであった。


しかし准将へ昇進してしばらくするとこの屯所への異動が示唆され、ブラインは密かに警戒した。この屯所には生え抜きの王国騎士が居て彼が次の司令官になるという噂を聞いたことがある。となれば自分は指揮官として最前線に赴くのだろうか。


ありとあらゆる方面に根回しをしたが結果は芳しくなかった。根回しの過程でその王国騎士があのアルフレッド・ロイヤであるとも知りさらに絶望した。騎士団長も確実と噂される不出生の勇者である。屯所に赴任すれば彼より上位に就けるはずがない。


ブラインは眠れぬ夜を過ごしつつ、徒労に終わる根回しをしつつ、ついに正式な辞令を受ける日を迎えた。


「アーサー・ブライン准将を第四方面中央屯所司令官に任ずる」


一瞬幻聴かと思った。本当であるならもう一度言って欲しかった。混乱したままのブラインに官房長はおめでとうと握手をしてきた。


「本当は君には指揮官を任せたかったのだが」


しかし当のアルフレッド・ロイヤ自身が前線指揮官の続投を望んだのでそれはできなかったという。それを聞いた時は感謝より怖気がはしった。軍の人事にすらそんな希望を通すなどどれほどの大物なのか。


以来ブラインは業務上は司令官として振る舞いつつも決してアルフレッド・ロイヤを疎かにしなかった。同じ准将同士とはいえ彼の方が先任でしかも年長の王国騎士なのだ。誰がどう見ても自分よりアルフレッド・ロイヤのほうが司令官にふさわしい。


ブラインの望みは出世以上に戦死から逃れる事なので、こういう場合にありがちな「格上の部下を冷遇する」という図式にはならなかった。というよりアルフレッド・ロイヤが司令官になりたいと言えばそれが通ってしまうような妄想から逃れられなかったのである。


かくしてブラインとアルフレッド・ロイヤの間は「お互いの望みが阻害し合わない」という形で信頼感を形成していたのであった。

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