第21話 笑顔で去りゆく災厄
「最後になりますが、短い間でしたが皆さん本当にお世話になりました」
ショードル・ロイヤ少尉は屈託ない笑顔でそう挨拶を締めくくった。
ぱちぱちぱち
事情を知らない兵士たちからは形式的な拍手が、ある程度は事情を察している下士官たちからは散発的な拍手が、そして事情を知り尽くして煮え湯を飲まされた士官たちからは逆に熱い拍手が巻き起こった。
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横領事件はいくつかの事情が絡み合って不思議な結末を迎えた。まず獅子鷲騎士団の契約弁護士であるルイ・ウィンストンの尽力があった。彼はアルフレッド・ロイヤの誠意に打たれ密かにいろいろと手を回してくれたのだ。
「そもそもこの事情聴取は何に基づいたものなのか」
警邏署で彼はそう詰め寄った。屯所側が事件自体を認めていない以上、この拘束には何の法的根拠もないと強く詰めたのだ。もちろんそれは大人の事情でそんな事はルイにだって判っていたが。
それとは別にマクシミリアンの過重労働が表面化した。治安維持出動でもないのになぜ従士がこれほど残業しているのか。仮眠室の利用者が彼だけじゃないか。そもそも今の主計担当は誰なのか。
そうした新たな疑惑とルイの立ち回りが結合して屯所の状況が暴露された。司令官だけではなくアルフレッド・ロイヤを始めとする将官たちにも事情聴取が及ぶに至り、将官たちは自らの保身のために話を合わせなくてはならなかった。
-全てはショードル・ロイヤ少尉の教育のためであった-
-彼は正式な教育を受けていないので経験を踏ませるしかなかった-
-主計に関しては問題が出たのでマクシミリアン大尉を監督につけた-
-しかしさすがに無理が出てきたのシュレイズ大尉を呼び戻そうと思っていた-
-シュレイズ大尉は無罪でありあくまで屯所を代表して説明していただけである-
詭弁そのものの言い訳は、大人の事情という奇跡の力により忖度されたのだった。
しかしさすがにそのまま「はいそうでしたか」で済むはずがない。司令官は減俸一ヶ月処分となり、将官たちは訓告処分となり、後方士官たちも全員厳重注意処分となった。これは一番割りを喰ったマクシミリアンもそうである。
「正式な命令も受けずに主計業務を壟断し結果的に軍務を疎かにした」
マクシミリアンに対する厳重注意は蚊の鳴くような声で読み上げられただけで、読み上げた懲罰士官は決して注意文書から目を上げなかった。もしマクシミリアンがこのとき58時間労働直後でなければさすがの彼も殴りかかっていたかも知れない。現実には瞳孔が開いたまま呆然と懲罰士官を見つめるだけだったが。
そして最大の問題であるショードルの処遇は「それほどまでに前途有望ならば正式に士官学校で学び直すべし」という理由で一旦除隊という事になった。但し士官学校への推薦などはなく、あくまで自由意志での受験である。つまり事実上のクビなのだがショードルはそんな事情をよく判っていなかった。
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「叔父上、大尉殿、すぐに戻ってきますのでご安心ください!」
ショードルは爽やかな笑顔でそう言った。
「うむ」
アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷く。吾輩はお前にとっての叔父ではなく従叔父だ、とは言わなかった。いっそ吾輩の存在など忘れてくれ。
「…まあ、がんばりなさい…」
マクシミリアンは魂が抜けきったような表情で一応そう激励した。こんな馬鹿でも恐らく本家の跡取りなのだ。男爵家にすがる事などないであろうが悪意を向けられたり邪魔をされたりしては困る。
士官学校は一般募集だけではなく下士官が推薦されて入学する事もある。その場合は満四年ではなく半年から一年ほどで必要な学科を収めて卒業し復帰するのだが、もちろん推薦などないショードルがそんなに早く復職するはずがなく、そもそも合格するか、いや受験するかすら怪しかったがそんな余計な事は二人とも言わなかった。
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