第20話 エリーゼの涙
「ご無沙汰しております」
エリーゼ・シュレイズは殊勝にそう言って頭を下げた。
「うむ」
アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷く、ように見えて実は内心でかなり動揺していた。なんとエリーゼは丸坊主なのである。この国で女性が丸坊主など尼でもあり得ない。彼女はあくまで事情聴取中なので服飾に関する規定などはないはずで、つまりそれは彼女の怒りの現れなのである。
「何度もお御足を運んで頂き申し訳なく思います」
エリーゼは淡々とそう言った。アルフレッド・ロイヤはその言葉から彼女の憤懣を感じ取り、申し訳なくまた痛ましくも思った。
「多くの者が貴官の放免を望んでいる」
その理由はともかく、事実の表面の一番美しい部分をかいつまんでアルフレッド・ロイヤそう言った。
「私に何ができるでしょう」
エリーゼは淡々と言った。アルフレッド・ロイヤにはその先は非常に言いづらい。
つまり司法取引に応じるしかないのだ。誰もがエリーゼが無罪であることは判っているが、かぶった泥を今すぐ完全に洗い落とすことはできない。一旦釈放された後に改めてショードルと対峙して彼に自らの罪を認めさせるしかない。
「彼が自分の罪を認めるとは思えません」
エリーゼはぽつりとそう言った。吾輩もそう思う、とはさすがに言えないアルフレッド・ロイヤであった。しかし彼女が放免させれれば少なくともその時点で幾人かの要望を達成することはできるのだ。
「不正を見過ごしてはいかん」
アルフレッド・ロイヤは自身の理由の正義の部分を最大限に発揮してそう言った。
「閣下は」
そう言いかけてエリーゼの頬には一筋の涙が流れた。
「閣下は立派な方です」
それだけ言ってエリーゼはうつむいてしまった。
吾輩が立派なものか。誰も彼もが吾輩を勝手に誤解しておる。吾輩は厄介払いをして隠居料を増やしたいだけだ。とっとと甥なり娘婿なりに佩剣を押し付けて隠居したいだけの老いぼれだ。そなたのほうが余程立派である。
珍しくアルフレッド・ロイヤは自責の念に囚われた。それほどアルフレッド・ロイヤは動揺し、また目前の女性士官を心から助けたいと思ったのだ。
しばらく無言の邂逅が続き、唐突にアルフレッド・ロイヤは立ち上がった。
「また来る」
それだけ言い残してアルフレッド・ロイヤは面会室を後にした。
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「困りましたわねえ」
話を聞いた妻マリィは溜息をついてそう言った。
「…うむ…」
さすがのアルフレッド・ロイヤも歯切れが悪い。エリーゼが司法取引に応じれば釈放はされるし話の持って行き方次第で罪の認否はともかくショードルを屯所から追い出すことはできるであろう。
しかし司法取引に応じてしまえば罪状自体はついてまわる。それは士官としての栄達はほぼなくなるという意味でもあった。
-ショードルが罪を認めてさえくれればいいのだが-
それが一番単純で、そして実は誰も傷つかない方法なのだがそれが難しい。
仮にショードルが罪を認めても実はショードル自身にはほぼ傷はつかないのだ。当然不名誉除隊となるがそれ故に男爵位継承以外の選択肢はなくなる。そして継承してしまえば地方領主の不名誉除隊など誰も気にしない。ショードル自身がさらなる栄達を求めるならともかくあれにそんな野心などあるはずがない。
ただしあの馬鹿者に罪を認めさせることができるか? と自らに問えばそれは非常に難しかった。アンソニオは隠しているがあれが娘を何度も口説いていたことは親族の大人たちは皆知っているのだ。
-まあ機会を見てあれに問いただすしかないか-
さすがのアルフレッド・ロイヤももう従甥の名前すら呼びたくないのであった。
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