第19話 これも呉越同舟
「ご命令とあらば今すぐにでも!」
娘婿ウォードは義父アルフレッド・ロイヤを深く尊敬していた。義父たる指揮官に仇なす者は誰であっても容赦せぬ!
先日同じ誤解で妻アンソニオから10分近く平手打ちを喰らい続けたことなどすっかり忘れている。良かれ悪しかれ気のいい男なのである。
アルフレッド・ロイヤはいつもの鷹揚な返事をしかけて口ごもった。先日のことはアンソニオから聞いている。うむ、などと言ったらすぐにでも剣を抜いてショードルの元に飛んでいきそうだ。
「それと本官はシュレイズ大尉の復職を願っております!」
ウォードはウォードなりにエリーゼの事を心配していた。ウォードの認識ではエリーゼは「いろいろ世話を焼いてくれる姐さん」であり、恋愛感情とは違うが敬愛はしていたのである。
「うむ」
今度こそアルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷いた。アルフレッド・ロイヤとエリーゼの数少ない邂逅のひとつは着任以来毎回申請内容を間違えるウォードに対する苦情だったのだがそれを言う必要はなかった。
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「何卒よろしくお願い致します」
マクシミリアンは吊り上がった目を戻す余裕もなくそう言った。
現在マクシミリアンは屯所で最も忙しい士官だった。例の横領事件、というよりそれにより引き起こされた問題により大変な事になってしまったのだ。
当初は遠い親戚が起こした不祥事というだけで何の関係もなかった。なにせあちらは主計士官見習い、こちらは指揮官の従士である。そもそも血縁と言っても個人的には全く知らない赤の他人も同様である。
それが話が紆余曲折を経てあろうことか自分の部下のような存在になってしまった。厳密には違うが秘書室がない秘書室付きという意味不明な士官の世話は結局マクシミリアンが見るしかなかったのである。
そして着任早々さっそくショードルはやらかした。やらかしまくった。いや現在もやらかし続けている。恐怖の巡回視察予算案から始まり、なにかをやると巡り巡ってマクシミリアンのところに確認という名目の訂正が舞い戻ってくるのだ。
さらにこの屯所の事実上の金庫番であったエリーゼの不在は思わぬところでとんでもない事態を引き起こした。給料計算の管理者がいないのである。
「どこの世界に賃金遅配が発生する軍隊があるか!」
軍務省事務次官は参謀総長に、参謀総長は騎士団長に、騎士団長は屯所の司令官に、そして司令官は屯所の後方担当士官にそれぞれ不始末の怒りをぶつけた。恐れ入ったわけではないがこの空前の不祥事に屯所の後方士官たちは階級も職制も関係なく総出かつ徹夜で給料計算業務を行ったのだった。
ようやく給料支払いが終わると次に当然の懸案が発生する。来月以降はどうする?
そもそも後方士官は決して暇な仕事ではない。それでなくても先の横領で監査の目も厳しくなり予算案も通りづらくなっているのだ。現在の業務を抱えたまま主計なんかたとえできても誰もやりたくない。
「そういえば例の問題を起こした士官はなんという名前だっけ」
後方士官の臨時会議で誰かがそう言った。それは質問でも確認でもなく圧力だった。それに答える声はなかった。答える必要もなかった。マクシミリアンは手元の資料を凝視していたが、出席者全ての視線が自分に集中しているのは判りきっていた。
かくしてマクシミリアンは従士兼指導員に続き主計担当代理という三重の役割を担う事になった。彼の一日の労働時間は20時間以上に及び、共同の仮眠室は事実上彼の個室と化した。
「何卒よろしくお願い致します」
マクシミリアンは再びそう言って頭を下げた。身だしなみに気をつけていた彼の頭は寝癖だらけでそこから芳しい臭いがぷうんと漂った。この屯所にも共同風呂はあるがそんな事より一秒でも長く寝たいのであろう。
「うむ」
アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷いた。頷く以外にどうしようもなかった。
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