第13話 聡明な妻と愚直な夫
ばちん!
「ばか!」
ウォードは妻アンソニオから思い切り平手打ちを喰らった。義父であり主君であるアルフレッド・ロイヤが来訪した日の夜である。
ウォードは極めて純朴で直情的な男である。その偉丈夫ぶりと男性性を強く感じさせる彫りの深い顔立ちは多くの女性を魅了した。が、その魅力と反比例した朴念仁ぶりも凄まじい。彼と2回以上デートした女性は少なく、さらにウォード側の認識ではアンソニオ以外の女性と付き合ったことはなかった。
母に似てどこか変わり者を好むアンソニオは、この間抜けな年下の偉丈夫の面倒を見ているうちになんとなく結ばれて現在に至ったのだ。もちろんそんなウォードがまさか浮気などする訳がない。
事の発端は、昼頃に父アルフレッド・ロイヤが来訪して長男エドワードをあやしている時にふとため息をついた事から始まる。
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「父上、またですか」
アンソニオは半ば呆れたように父のため息の理由を聞いた。父にも夫にも遠慮ない口調で話すのに何故か2人が揃うと令嬢然とした態度で接するのである。
「…ショードルがな」
アンソニオはそれだけでほぼ全ての事情を察した。男爵本家の後継者であり、厳密には違うが従兄弟として面識があった男である。彼女の認識ではショードルは「明るく爽やかで思慮と分別が足りないマクシミリアン」だった。誰にも言っていないがアンソニオはこの5歳年下の親族から何度も口説かれたことがある。
横領の噂は聞いていた。こういう話はなぜか女性同士のほうが早く正確に伝わるものである。そしてしばらくしてショードルが父の秘書室付きになった事で噂の信憑性を確信していたのだ。
だったら早く男爵家に返しちゃえばいいじゃない。そう言おうとしたら夫ウォードの声が先に出た。
「殿、ご杞憂は必ず自分が!」
黙ってなさいよあんたバカなんだから。と咄嗟にそう言いかけて、それをどう令嬢っぽく言ったものかと思っているうちに父の「うむ」という言葉が重なった。あーあ、もう知らない。
その夜、アンソニオは入浴を済ますと何か硬いものをすり合わせるような音に気がついた。音の元を辿ると厩の近くでウォードが座って何かをしている。
それが剣を研いでいるのだと分かった時、アンソニオは夫が何をどう理解し、これから何をしようとしているのかを一瞬で悟った。
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アンソニオは震えながら立っていた。ウォードは呆然と頬をさすっている。一拍の間を置いてまたアンソニオの平手打ちがウォードを襲った。
ばちん!
「違う、違うから、そうじゃないから、違うって!」
なぜ家の男どもはこうもバカ揃いなのだろう。パニックに陥りながらもアンソニオはそんなことを考えつつ平手打ちを連発するのであった。
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