第11話 爽やかな災厄

「閣下、おはようございます!」

アルフレッド・ロイヤが執務室に入ると明るく大きく爽やかな声が彼を迎えた。


「うむ」

アルフレッド・ロイヤは鷹揚に頷きつつ立ち止まって返礼を返した。


傍らのマクシミリアンが実に苦々しい顔をしていた。何かしら文句をつけたいのだが、現時点でショードルの礼儀作法は多少大仰ではあっても何の落ち度もない。それ以上に文句をつけるのも躊躇われる事情があった。


横領が発覚したショードルは当然主計士官の任務を解かれたわけだが、その横領した金が機密費であり、かつ男爵家の金庫から補填されたので表面上は不問となった。しかしそれ故に返って彼の扱いは宙に浮いてしまったのだ。


当初は人事部付きとなる予定だったが、そんな懲罰的な人事をすればすぐに噂が広まるのは目に見えている。かと言ってどこにも受け皿がなく、仕方がないので血縁のアルフレッド・ロイヤが一旦身柄を預かることになったのだ。


指揮官たるアルフレッド・ロイヤはもちろん部隊の人事権を掌握しているが、まさか目の届かないところに配置するわけにはいかず、またロイヤの家名を持つ新任少尉に兵を任せることもできない。


しょうがないので秘書室付きという新たな役職を創設して彼をそこに充てたのだ。ちなみにアルフレッド・ロイヤには秘書室どころか秘書そのものがいない。


マクシミリアンにしてみれば、ウォードに続きまたも自分の立場を削り取るような親族が現れたわけではあるが、ウォードと違ってショードルは(かなり先だが)男爵本家の継承候補である。その意味で自分のライバルとはならない。


しかし「従士どころか秘書すら務まらないから代わりが来た」などという噂が吹聴されればマクシミリアンの苛立ちが募るのも当然だった。


「いかがしましたか?閣下」

ショードルは実に屈託なくそう機嫌を伺ってきた。


お前に辞めて欲しいだけだよ。叔父と甥は同時にそう思ったが、勿論どちらも口に出すことはなかった。

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