第10話 和真の決意

 翌朝、私達は市場で花を買って、お墓へと足を運んだ。 

お墓参りなのに和真君へついて行っても、一向にお墓が見えてこない。


どれだけ歩けば着くのだろう?額の汗が頬を伝い始めた頃、爽やかな香りが鼻を掠めた。気が付けば檸檬畑の中だった。

「あれ?お墓参りに行くんじゃなかった?」

「うん、お墓参りに行くんだよ。」


畑の中で人影を見つけた。

「こんにちは。お久しぶりです。」

「お~、和真、久しぶりじゃのお。どないしたんじゃ。」

「祖父のお墓参りにと思って。父方の叔母と来ました。」

「それりゃあ、邦三さんも喜ぶわぁ。」


「ところで、今年の檸檬はどうですか?」

「まぁまぁよ。漁の合間に片手間じゃけい、なかなか邦三さんのような檸檬はできんのよ。折角、ええ畑なのに申し訳ないのお。」

「いえ、ありがとうございます。荒れた畑になるところ、村田のおじさんに世話してもらって祖父も喜んでいると思います。」

「いつか、和真が継いでくれるとワシも手入れのしがいが あるんじゃかのお。」

和真君は少し切なそうに笑っていた。


 その後もひたすら斜面を登った。畑を登り切った隅っこに、お墓があった。

「えっ、こんな場所にお墓?」

「そう、じいちゃんが生前、自分のお墓を畑の見渡せる場所に作ったんだ。

いつでも檸檬が見えるようにってさ。」

「そう。」

「変わったじいちゃんでさ。毎日、檸檬のことだけ考えてた。

檸檬が大事すぎて、周りが病気に気付いた時には手遅れだった。

お医者さんが驚いてたよ。『これだけ進行してたら、耐えがたい痛みがあったはず』だってさ。」


「じいちゃんは自分が入院したら、檸檬の世話をする人がいないから最後まで出来る限り自分でしようと思ったんだと思う。」

「和真君は、おじいちゃんの事が大好きだったんだね。」

「うん、俺はじいちゃんが大好きだった。そしてじいちゃんの檸檬畑も大好きだった。」


「実は俺、高校1年の頃じいちゃんの檸檬畑を継ぎたいと思っていたんだ。

でも母さんが大反対でさ。結局自分が見えなくなって、なんとなく大学進学になっていた。」

「そっか、これはあくまでも私の想像なんだけど・・・

お母さんはきっと寂しい幼少期を過ごしたんじゃない?おじいちゃんが畑ばかりで。

だから畑が少し憎かったのかもしれない。」

和真君は少し考えて、

「それはあるかも。あのじいちゃんだもんな、きっと家庭なんか顧みず畑に没頭した事は容易に想像できる。」

「だとすると、父親だけでなく自分の大事な息子までも檸檬畑に取られるって、お母さんには耐えがたいことよ。」

「でも俺、この島にきてやっぱり、ここで檸檬畑を継ぎたいって強く思ったんだ。

俺にはこれ以上にやりたい事なんて、きっとこの先出てこない。」

「じゃあ、何度でもご両親と向き合って話しするしかないよね。

君のその思いを時間を掛けて、諦めず何度でも伝えていけば、いつか理解して貰える日が来ること信じてる。」

「うん、諦めず話し合ってみるよ。何度でも逃げずに向き合ってみる。」


和真君はまるでおじさんに約束するかのように、墓石に向き合い言った。




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