第6話 憂いを帯びた瞳
駅に隣接したモールで、旅支度を済ませた彼と買い物を終えた私は、また鈍行列車に乗車し、西へ向かった。
私達は乗客が少なかったので、4人掛けの席の窓側に向かい合って座った。
彼も本を買ったようで、二人で読書しながらひたすら列車を乗り換えた。
和真君の存在がもっと私の中に波風を立てるのではないかと懸念していたが、以外とすんなり馴染んだ。おかげで随分と読書がはかどった。
そういえば周りからは近づき難かったのだろうか、隣の座先は比較的いつも空いていた。まぁ、確かに近づきづらいだろう。親子ほど歳の離れた関係性不明な二人が、鈍行に乗り始発から終着駅まで言葉を交わすこと無く一心不乱に読書に勤しんでいる。その様は、絵面的には滑稽だか実際は奇異に映ったのだろう。
乗り換える時だけ、少し会話をした。
「和真君は何から逃げたかったの?」
「高校3年なって周りは、夢や目標を持って将来を考えている。
なのに俺は、取り敢えず自分の学力で行けそうな大学を志望校に書く。
正直焦りを感じるし、この夢も希望もの見出せない作業に気持ちがすり切れ、疲れ果てていった。だから逃げた。」
「君はどうなりたいの?」
「もっと積極的に選択したいんだ。一生を左右する選択に、なんとなくは嫌なんだ。」と言った。息子が将来の夢が無いと言っていたのと重なった。
読書は現実逃避に持ってこいだ。物語にダイブしている間に楽しい時間は過ぎてゆく。いつでも物語の主人公になれる。読者の代わりに、冒険や恋愛もしてくれる。
気が付けば、周りが騒がしい。下校時間帯にさしかかってきたのだろう、学生が乗車しては下車していった。学生達は色々な感情を含ませていた。模試の話やカレカノの話、日々の話を時には楽しそうに、時には悲しそうにしていた。
和真君は、そんな学生達を憂いを帯びた眼差しで見つめていた。
私はそんな彼を見ると悠大を思い出し、不安と罪悪感に駆られた。
旦那に言われた、「今は悠大のことは置いておく」と心で呟いた。
瀬戸内海の港町で、日暮れ近くなってきたので下車した。
駅に近い旅館を観光案内所で聞いた。
港町ならホテルより旅館。海の幸を満喫したいし、折角なので老舗旅館がいいなぁ。
紹介された旅館に行ってみると、歴史を感じる、大正か昭和初期の面影がある。風格のある佇まいに、思わず背筋を正した。
比較的安いお値段の旅館で2部屋か、良いお値段で一部屋か悩みに悩んで。
結果、息子の様な少年と何かある訳がないので、彼に了承を得て、良いお値段の旅館にした。やっぱり正解だった。離れの和室で縁側もあり、贅沢な気分になった。
夕食の前にお風呂を頂くことにした。
連休明けに加えて、小さい旅館だったので、入浴客はほとんど居なかった。
露天風呂へ浸かる頃には私一人になっていた。
少し熱めのお湯に浸かりながら頭上を見上げた、星空が広がってい。それに鈴虫の鳴き声が秋を演出していた。ふと和真君の憂いを帯びた瞳が浮かび、息子の瞳が浮かんだ。突然、熱い物が頬を伝う。驚いて頬に手を当てる。それは次から次から頬を伝う涙だった。
何年ぶりの涙だろう、頬を伝う涙を手で拭いながら考えた。最後に泣いたのはいつだっただろう?
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