第4話 逃亡者

 乗車する前に、珈琲ショップでグランデのホットラテを買った。

それを持って二人掛けの座席の窓際に座り、鞄から今の気分と合いそうな本を1冊選んで取り出した。

久しぶりに持つ文庫本は、ブランクを感じさせないほど手にしっくりと馴染んだ。

そっと鼻に近づけると、紙の匂い。ゆっくりと深く吸い込むと胸に広がる懐かしい匂い。私は列車が出発するのを待たずに読み始めた。


 丁寧に文庫本を読みながら疲れると、乗客の話に耳を傾けたり、車窓の風景を眺めたりしていた。

隣に席の乗客は、入れ替わり立ち替わりしていく。

ただ私だけが終点まで乗車し、終点で次の列車に乗り換える。

何度かそれを繰り返し、ふと気付いた。

同じリュックが度々視野に入っていることに。

某有名メーカーのロゴ入りリュックだか、柄が個性的だったので記憶に残った。

そして、一度気付けば、気になってその男の子を目の端で追った。

息子よりは、少し大人びているが学生服を着ている。高校3年あたりかなぁ。

明らかに私と同じように、終点で列車を乗り換えている。

視界の片隅に見ていると、相手もこちらを意識している事が伝わってきた。


 終点で下車し、次の列車を待っている時、意を決して声を掛けてみた。

「君、さっきからずっと私と同じように鈍行乗り継いでいるけど。家出?」

男の子は少し焦った顔で、

「家出した訳ではないです。すみません!

おばさんを付け回していた訳ではありません。いや結果的には付け回してる・・・?

おばさんだけ、何か他の人と違う場所?次元?なんだろう上手く言えないけど、周りから浮き上がって見えて。皆、目的を持って乗車してるのに、おばさんだけは何か自由っていうか。」

へえ、この子良く観察てるなぁ。

「それで?」

「本を片手に、たまに外を見る姿も妙にリアリティーがなくて。

気になって、気付けば今って感じです。」

「君、もしかして、現状に苦しんでいるか、何かから逃げたい人?」

「うっ!なんで。まぁ、否定はしないです。それが何か?」

「だからよ。私は逃げて来た人。現実からね。何か感じ取って惹き付けられっちゃったのかもね。君も何かから逃げて自由になりたかったんじゃない?」

彼は黙って聞いていた。

「だから、私が羨ましく映ったのよ。重ねて言うけど、私は現実からの逃亡者だもの。」














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