第3話 鈍行

 翌朝、目覚ましが無くても6時半には目が覚めた。主婦の性だ。

カーテンを開けると、早朝で人の動きがあまり無い街並みと、薄雲の広がる空とが相まって何とも心細い情景だ。急に不安にかられた。

その不安を払うように、窓を背に座った。


 朝は無性に珈琲が飲みたくなる。部屋のインスタント珈琲にお湯を注いだ。

インスタントの割に、美味しかった。何より、私の頭をクリアにしてくれた。

頭がクリアになった私は、スマホの電源を入れた。置いてきた息子の事が気になったからだ。

着信履歴に、夫と息子の履歴を見つけた。

メッセージアプリに夫からメッセージが届いていた。

『話がしたい電話をくれ。』

私は、深呼吸をして着信履歴をタップした。

3コール目で聞き慣れた声が出た。


立夏りっか元気か?」

「何よ。元気?ってそれが家出中の妻に掛ける最初の言葉?まぁ元気だけど。」

「だって、『どうしたんだ』とか『何があった』って言葉じゃ攻めているみたいじゃないか。」

「相変わらず、優しいのね。」

「ありがとう。褒め言葉と素直に取っておくよ。で、しばらく現実逃避?」

「そうね、現実逃避ね。予定は2週間。悠大のことが心配なんだけど。

今朝もまだ起きてないわよね?」

「ああ、今朝もまだ寝てる。昨夜も遅くまで、ネットゲームしてたみたいだ。」

「そう。」

「立夏、しばらく悠大のことは忘れろ。旅の間だけは、自分のことだけ考えればいい。悠大はお前が心配しようが、しまいが変わらん。

あいつは自分で自分の事を考える年齢になっている。

自分で実感したことを基に、自分の意志でしか行動できない。心配するだけ損だぞ。」

と珍しく真面目な口調で言った。

「分かった。私が言えた義理じゃ無いんだけど、悠大も少なからず不安に思っていると思うの。気に掛けてやってね。」

夫はわざと軽い口調で「勿論。君の不在を感じさせない程の熱量で、彼をサポートするよ。」と言った。

最後に、たまには連絡する約束をして、夫の優しさに後ろ髪を引かれながら電話を切った。

そして、冷えて不味くなった珈琲を飲み干した。


 化粧直しのポーチに入っている化粧品で、取りあえずの化粧をし、昨日買った服に着替えた。

荷物をリュックに詰め込み、スーツは自宅に送った。リュックも背負った。


 さて、どこを目指そうか、行く先は決まっていない。

決まっているには、ゆっくり読書をしたいと言うことだけ。

そんな事を思いながら眼下に行き交う列車を見ていた。

鈍行列車だ!鈍行列車で一日中、本を読む。想像しただけ笑みがこぼれる。

なんて贅沢な時間の無駄遣いだろう。

いざ、鈍行列車で逃げ旅だ!

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