意識

 放課後になると同時に、携帯が震えてメッセージが届いたことを知らせる。もしかして……期待しながら画面を確認すると、やはり咲良からだった。『会いに来て』その一言と共にDの文字が添えられている。

 暗号みたいだけど、恐らくDはクラスのことだろう。理解すると同時に素早く『分かった』と送る。そのまま何も考えずに駆け出した。

 D組の教室前に着くと、既に咲良はそこに立って待っていた。私を見つけた途端微笑むと、


「行こう」


 それだけ言って、ゆっくりと歩き出した。慌ててその隣に並ぶ。

 普段と全く変わらない校内が、咲良といるだけで違うように見えた。それに、隣を歩いていると不思議な心地よさを感じる。初めて出会ったときの得体の知れない感情といい、なんなんだろう……これは。


「交番の人に相談しに行ったら、張り紙貼らせてもらえたよ」


「飼い主さん、早く見つけてくれると良いよね」


「うん。たろまるもきっと、早く元のお家に帰りたいと思ってる」


 咲良はただ前を見つめてそう言った。寂しそうにするのではないかと思ったけれど全くそんな素振りはない。感情の読めない横顔を見つめる。まだ少ししか一緒に過ごしていないけれど、咲良はよくこの表情をしている。

 交番に寄ると、先程聞いた咲良お手製の張り紙があった。たろまるの写真が真ん中に目立つように配置され、手書きの文字と可愛らしいイラストが添えられている。


「なんか、咲良らしいね」


 思わずつぶやいてから、はっとする。まだ会ったばかりなのに、まるで昔から知っているかのように「らしいね」と口にしてしまっていた。何故かは分からないけれど、咲良とはもう既に長い時間を共有してきたような感覚がする。きっとそのせいだ。

 隣に立つ咲良の様子を窺うと、こちらをじっと見ていた。目が合うと、咲良はにこっと笑う。


「不思議。菜瑠美といると、ずっと前から一緒にいる感じする」


「……私も」


 思いがけず同じようなことを感じていたと知って頬が緩んでしまう。悟られたくなくて、視線から逃れるように前を向いた。

 そのまま、何を話すでもなく二人並んで歩き、咲良の家に着く。そして、まるでそうすることが自然であるかのように中へ招かれる。


 玄関をあがった途端、たろまるは咲良の側まで走り寄ってきた。


「たろまる、菜瑠美、来てくれたよ」


 自身を抱き上げ、頬ずりしながら話しかける咲良に、たろまるも気持ちよさそうにされるがままになっている。


「たろまるも、菜瑠美が来てくれて嬉しいって」


 そう言って微笑む咲良。それは暗に、咲良も私が来て嬉しいという意味になるではないかと視線を合わせながら思う。一人で勝手に盛り上がっていると、以前と同じように咲良の部屋まで通された。

 部屋に入ると、咲良はたろまるを大事そうにクッションへ座らせる。猫ファーストな咲良を見ながら、私はその向かい側に座った。敢えてそこにあるクッションを避けて。この間は勧められるまま座っていたけれど、私だけがクッションを使って、咲良はカーペットにそのまま座っていたのがいたたまれなかったから。


「クッション……好きじゃない?」


「ううん。今日は咲良に使ってほしくて」


 側にあるクッションを咲良の方に移動させる。咲良は少し逡巡した後、


「じゃあ、私も使わない……お揃いの方が、良いね」


 その言葉選びが可愛くてほっこりしていると、たろまるがにゃあと鳴いて咲良の膝上に飛び乗った。結局、二つのクッションは誰にも乗られることなくその場に横たわったままになる。


「たろまるは咲良のこと、大好きなんだね」


「動物はみんな、好きだって言ってくれるよ」


 たろまるの頭を撫でながら、咲良は何でもないことのように言った。初めて会ったときも、咲良は「みんなから愛されている」と言っていた。猫以外の動物も、たろまるみたいに咲良に懐くということなのだろうか。


「見てみたいな……」


 たろまると触れ合う時の咲良は本当に幸せそうで、たくさんの動物に囲まれより一層そんな表情をしている咲良が容易に想像できた。想像していたせいで思わずつぶやいてしまった一言に、咲良は微笑んで言った。


「行こう、一緒に」


 どこに、とは言わなかったけれど、なんとなくその言葉が意味していることは分かって、嬉しくなる。私の想像なんて、考えていることなんて、咲良は知らなかったはずなのに……。


 咲良がアイスを持ってきてくれて、二人で食べた後。私は咲良と向かい合いながら、そわそわしていた。実は今日ここに来る前から、咲良に伝えたいことがあったのだ。


「あの、さ……私達、友達にならない?」


 言いながら、緊張で手に汗が滲む。五秒ほど間があって、咲良はきょとんとして言った。


「私と菜瑠美、もう友達だよ?」


 咲良の返答に驚き、緊張から開放されたこともあってか挙動不審になってしまう。落ち着こう。そう思い、立ち上がろうとして膝を机にぶつけてしまった。


「いっ……」


 声にならない声をあげて蹲る私に、咲良は「大丈夫……?」そう言いながら近づいてくる。心配そうに私の膝を覗き込む咲良。気づけば、お互いの息遣いが聞こえるぐらい顔が近くにあった。

 私が息を呑んで、その横顔に視線を奪われていると、ふと咲良がこちらを見る。至近距離で目があった瞬間、全身が熱くなる感じがした。


「だ、大丈夫、もう痛くない……」


 そう言いながらさり気なく咲良から距離をとる。この感覚、嫌ではないけど苦手だ……自分が自分じゃないみたいで。


「なら良かった」


 ほっとする咲良を横目に、私はそそくさと立ち上がると平静を装って言った。


「じゃあ、もう帰るね」


「もう帰っちゃうの……?」


 咲良は無意識なのだろうが、座ったまま私を見上げているため上目遣いになっている。まだいるよ、と言いそうになるのをぐっと堪え、微笑みながら告げた。


「明日もまた来るから」


 途端に嬉しそうな表情をする咲良。咲良の感情に合わせるように、たろまるがにゃあと鳴く。名残惜しさがありつつも通学鞄を肩に提げ、玄関でたろまると咲良に手を振ると帰路についた。

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